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──── Liner note
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Be influenced ──
 
アイテムと心模様。
読んだ本・聞いた音楽・エトセトラ。
 
 
 
●09/12/11
◆真世の王<下> 白竜の書 (妹尾ゆふ子・ファンタジー)
 
 上巻から続く。小説作法の面で感心出来なかったのが、殊更に難読な漢字使いとルビの欠如。知識不足と言われればぐうの音も出ませんけど、歴史や伝奇ものならともかくハイ・ファンタジーで辞書のお世話に多々なるのは遠慮したいです。ハルキ文庫から出た過去3冊では見られない傾向で、変に文章力を高く見せようとして逆効果になってしまったのでは。
 滅びゆく世界の救済に有効な手立てを見付けられないままの進行で読者中の感情は常に重たく、最後の解決策もカタルシスを与えてくれなかった為、「読み終えた自分」への満足感と「読み終えた作品」からの解放感はあるものの、物語への確固たる感想を抱きにくかったのが本音。ただ、壮大で骨太の割に実は身近な話なのかも。超常的存在だが世界を思い通りに操れる訳でもないイーファルの一連の言動を、彼女=小説家・世界=自身の書く物語として解釈すれば受け入れられたので。己が空想の制御不可能な広がり故に、イーファルの如き立場から苦悩した経験を持つ人は多いでしょう。
 
●09/11/30
◆真世の王<上> 黒竜の書 (妹尾ゆふ子・ファンタジー)
 
 「悪夢の王」が統制する魔物により滅びに瀕した、古い言葉の力が律する世界。物語を読むとその光景を再生出来る「物語り師」や、様々と代償と引き換えに竜との関係を繋ぐ「竜使」や、超常的存在の「銀の声を持つ人」らが登場して、今で言えばライトノベルではなくハイ・ファンタジーでしょうか。20世紀には角川スニーカー文庫や富士見ファンタジア文庫も受け皿だったジャンルの為、未だに硬軟関係無く翻訳もの以外のファンタジー=ライトノベルと仕分けしてしまいますが。
 2002年の発刊なのはともかく、読み終えたのも1年以上前なので、記憶を掘り起こしながら。まず、その題名から世界観の共通は予測していたものの、1995年に角川スニーカー文庫より発刊の単発作品『異次元創世記──赤竜の書』から主要人物を受け継ぐ直接的な続編だったことが衝撃でした。何を隠そう、同レーベルより同日発売で同時購入していた日野鏡子『砂漠の少年 ラビア戦記』も、1冊で完結と思いきや数ヶ月後に続きが出て驚いており、偶然って怖い。こんな経験をするとつくづく、本を売らない性格で良かったと強く頷きます。イーファルだジェンだウルバンだと見覚えある名が並んでも、手元に現物が無いと懐かしさへの確信を得られなかったでしょうから。お話への感想は下巻にて。
 
●09/10/18
◆浮き草デイズ 1 (たかぎなおこ・コミック)
 
 イラストレーターで生計を立てるべく、ツテもコネもアテも無いのに上京してきた若かれし作者の苦難が自虐的に懐古されます。題材が『上京はしたけれど。』と被っていますが、既存の作品と違ってイラストエッセイではなく純然たるコミックなのと、新規のエピソードばかりなので完全な新作として読めました。イラストエッセイより手間が必要なコミックでありながら以前指摘した画風の雑さが消えたのに加え、恥を捨てたかのような思い切りの良さから結構大きな笑いを誘われるのに、決して下品にはなっていない点が好印象です。
 この作品内では生活の大半をアルバイトに追われ、どちらかと言えば夢から遠ざかっていそうな日々ですが、2003年のデビュー作から着実に既刊を増やしている作者。上京しても夢破れて故郷に帰る人がほとんどであろうの世の中で、目的地から離れてゆくレール上を進んでいた者を引き戻したきっかけが続巻で明かされるのでしょう。
 
●09/09/26
◆プリンセスの義勇海賊 (秋山完・SF)
 
 小国のうら若き王女が、知り合った途端に誘拐された他国の王子を救出すべく、彼女の憧れでもあった伝説的な反権力団体と共に奮闘する筋書で、義勇海賊は「シュバリエ」と読ませます。読み終えたのは半年前ですが、それでも自分にとっては『吹け、南の風3』以来の6年振りとなった秋山完作品。久々に著者名で調べれば、2005年発刊の本巻が最新とのことで唖然としました。
 そんな読者にとって重い背景を持つものの、完成度は軽し。浅はかで無鉄砲で計画をおじゃんにしてばかりの王女に、血縁も忠義心も持ち合わせない理解者が揃いも揃っていて、味方側人物の行動原理に疑問符ばかり浮かびました。自分の命を自分の責任で犠牲にするのは勝手としても、一企業の責任ある立場の準主役が他人の命や共有の財産を容易に放り出すのは不自然でしょう。そもそも、王女が王子救出に乗り出す理屈が見付けられず、この物語は開幕条件すら成立していません。著者の作品では終盤のスペクタクルと大団円がお約束ながら、それを満たす為の強烈なご都合主義に対しての報いが欠如しているのは筆の横暴。絶命を確実視された人物を理屈の外から救うのであれば、せめて後遺症が残るくらいの不幸は背負わせないと、創作世界内の均衡が取れないと思うのです。
 
●09/09/11
◆中原淳一の幸せな食卓 昭和を彩る料理と歳時記 (中原淳一・レシピ集)
 
 ハイカラな装いを纏い、メランコリックな表情を浮かべ、アンニュイな雰囲気を醸し出し、センシティヴなイノセントがエロティックでもあるメッチェン…と、己の表現力の欠如から抽象的なカタカナでしか説明出来ないのが、中原淳一の描く少女絵。彼を知ったのは献血ルームで配布されていた『2006 赤十字グッズ』なるカタログで、こんなに独特な魅力の溢れる現代的なタッチを終戦間も無い頃に構築していたことに、二重の意味で驚嘆です。このカタログを最近に改めて読む機会があり、安価で入手も容易そうな本書を発見して書店で購入しました。
 レシピは横文字の甘味が中心で、大半が昭和20年代に書かれたものでありながら、現代でもお洒落で可愛い高級品ばかり。当時の読者対象だった少女たちに叶わぬ夢を見させるだけには終わらず、戦後の世情に釣り合う身の丈に合った作り方を併記する辺り、筆者が書物に込めた心の底からの願いが伝わってきます。抜かり無くイラストも多数収録されており、料理に無関心な人にもお勧めです。
 
●09/09/05
◆今日もいい天気 (新井素子・エッセイ)
 
 パズル雑誌に連載のエッセイを収録。著者の文章における高頻出度の単語と言えば「ぬいぐるみ」「莫迦」「旦那」が浮かびますが、今回は前の2つがほとんど出ないことにびっくりして、そこに代入されたのが「囲碁」で更にびっくり。あんなに奥が底無しに深い遊技に夫婦で入れ込んでは寡作になって当然、と頷くしかありません。
 自分の長い髪が家事に及ぼす怖さについての一節で、「みじん切りをしている手元に、いきなり髪の束がふってきたら……ねえ、想像してみて、怖いでしょ、怖いでしょ、怖いでしょ」って、貴女の表現の方が怖い。あと、2002年に扱った『ハッピー・バースディ』の文庫版を、購入から何年も放置して本作に触れる直前に読み終えていたところ、その女性主人公と著者の生活環境が重なる描写があり、内容が内容だけにこれまた怖い。でも、久々の再読機会を得た『ハッピー・バースディ』の感想は、上記リンク先と変わらなくてがっかり。
 
●09/09/02
◆DIVE!! 1〜4 (森 絵都・小説)
 
 中学生男子の飛込競技が題材と言う珍しいスポ根もの。この競技が如何に素晴らしく、そして報われないものかを登場人物の境遇と心境を通じて読者に伝えつつ、彼らの挫折と葛藤を経て努力が成功に結び付くまでが描かれます。文字メディア以外でも多く作品化されており、身近とは程遠い題材を物ともせず高い人気を得たようです。現在は文庫版も発売されていますが、元から装丁が児童書風ではなくて買い易かったのもポイントでしょうか。
 文中は様々な技名──例えば1巻の副題「前宙返り3回半抱え型」等々が現れ、飛込競技に興味と知識を持ち合わせない者をその都度に面食らわせますが、綿密な取材に裏打ちされたと思しき勢いある筆力によって、具体的な説明が無くても納得してしまうのが凄い。個人的にはテンプレート化した内容でも構わないので、題材を女子モーグルに変更した新作が欲しいです。あと、普通なら主役の引き立て役になるであろう脇役たち皆が最終的に準主役級の扱いを受けている点も、作者の登場人物への愛情及び筋書きすら破壊し兼ねない彼らの生命力が窺えて二重丸。ただ、『いつかパラソルの下で』で指摘したのと同様に、多用するのに結局不必要な性描写が大きな減点。若くして自称淫乱なんて酷い性格付けをされ、しかも物語に大した作用を発揮していない女子キャラクターが可哀相になったのは、絶対に作者の意図通りではないでしょう。
 
●09/05/07
◆魔女を忘れてる (小林めぐみ・小説)
 
 長きに渡ってライトノベル界を生き抜いた著者の初となる、一般小説及び単行本。類希な感受性で創造したSFファンタジーを得意とした彼女が、現代日本を舞台に「猟奇殺人」「家庭内虐待」等をキーワードにホラー&ミステリーの方向から攻めてくるので、著者への縁が深い読者に新鮮な驚きを与えてくれます。どこまで読み進めても「小林めぐみ色」は窺えませんが、見慣れないことをしている割に拙さを感じさせない文章力が見事なので、不満には繋がりません。それは知らぬ間にのめり込み、根気に乏しい自分を一気読みさせたくらい。
 ただし、最後のページをめくって心に残った感情は、肯定的なものではありません。それは、ミステリーだと信じていたからこそのめり込めたのに、実際には違ったから。どうでもいい謎は真相が明かされて、重要度の高い不可解な謎はちっとも解明されない──もっと言えば、頑なに超常現象以外の解釈をさせない態度には裏切られた気分です。ホラーとして読むにしても、主役級人物が超常現象を序盤から素直に受け入れるのが災いし、既に価値観が置き換わった読者は恐怖を煽るはずの状況が恐くも何ともないのです。終わってみれば、展開への影響力が小さくて必要性を感じない部品も数多く、この物語を成立させるのに現代社会が必要なのは確かですが、その後の執筆姿勢には誤りがあったのでは。ヤクザやら近親相姦やら双子との3Pやら、無闇に禁忌に触れたがっていると失礼ながら受け取ってしまいました。
 
●09/04/03
◆鉄腕バーディー EVOLUTION 1 (ゆうきまさみ・コミック)
 
 幸福と不幸を行ったり来たりで作者と読者をハラハラさせてくれるシリーズ、掲載誌を移して改題新展開。自分はゆうきまさみのコミックが全般的に好きなのであって、『鉄腕バーディー』に別段の愛着は無いと自覚した為、アニメの第2期は一切触れませんでした。『機動警察パトレイバー』だってアニメを見なくてもコミックを読み進めるのに支障は無かったですし、きっと大丈夫でしょう。
 一応の完結から2年を経過させ、主人公の境遇が高校生から浪人生になり、彼の両親も転勤で自宅からいなくなりました。これは作中で事件を起こす際に必要な問題──日常生活への影響や一般市民の反応等の省略すると嘘っぽくなる要素を削ぎ落として、制作労力を減らす狙いでしょう。実際に前シリーズでは気になっていました、これが上手く処理出来ていないと。ただ、そんなどうでも良い描写に長けているのが作者の魅力だとも思うので、納得と不安が半分ずつと言ったところ。物語を優先とした使い捨てのごとき登場人物の扱い方も珍しく、開幕から意外性は大きいですね。
 
●09/02/21
◆となり町戦争 (三崎亜記・小説)
 
 映画や舞台にもなった、第17回小説すばる新人賞受賞作。自治体同士が公共事業として行う「戦争」に、実情を掴めないまま深入りしてゆく男性の一人称で顛末が語られます。数年前に新聞で読んだ著者のインタビューから、ミリタリー色の強い物語だと想像していた為、最初は違和感が大きかったです。正しくはその類の直接的な描写は排除されており、戦争平和云々でありがちな大上段からの主張も見られない、優しく易しい文体でしたから。これは表現力の欠如とも受け取れますが、境遇の変化を実感出来ない者の戸惑いを読者に重ねる工夫と捉えるべきでしょう。
 今までと変わらぬ普段の日常と、となり町との戦争に発した非日常と、その二つを繋ぐ役場職員の女性との交流。場面毎の緩急差が穏やかでありながら力強く、粗筋通りの特異なシチュエーションにも飽きずに悩まずに入り込めて良。文中に公文書が登場する度に1ページを使って実物を提示したり、役人たちの台詞と論理展開が総じて正鵠を射ているのかはぐらかしているのか微妙だったりと、多くの遊び心に小さく笑わせてもらいました。ただ、戦争事業の詳しいルール説明が省かれているので現状を肯定する脳内補完が必要なのと、終戦後に職員の女性──香西さんとの安っぽい恋愛劇に転じるのは減点。後者において、主人公が単なる自身の一方的な好意が壊れる様を先程までの戦争に結び付けたのは、莫迦らしくて鼻で笑ってしまったのです。あと、次第に「戦争」のまさかの実像が明らかにされてゆくミステリーではとか、香西さんは既婚ないし未亡人に違いないと考えたのは、穿ち過ぎでした。
 
●09/01/23
◆名作マンガの間取り (影山明仁・書籍)
 
 数年前、全てのページが間取り図だけで埋まった書籍を立ち読みし、物件の詳細や住民からのメッセージが書いていないのは面白味に欠けると、購入を見送りましたけど。建築コンサルタントを営む漫画好きの著者による本作は、このような間取りとなった理由を作中の描写と建築理論で説明してくれる為、部外者でしかない人物の想像に説得力を持たせているのが好印象。見ず知らずの人が住んでいる家には興味が湧かなくても、『ドラえもん』『じゃりん子チエ』『ちびまる子ちゃん』『サザエさん』と有名な題名をこれでもかと並べられては、食指も動いてしまうと言うものです。
 とは言っても、購入の決め手は上記作品とは別で。手に取った前日に更新の日記に書いた「女暴小町」が登場する、『よろしくメカドック』の文字を目次に発見したことに、小さな縁を感じたからだったりします。世間で物凄く人気がある訳でもなく、自分がコミックを揃えている訳でもないのに、このタイミングで書籍と自分が出会ったのは何か隠されているに違いありません。付け加えると、短編『注文の多い料理店』や懐メロ『あなた』等、書名からは予測不可能な題材が含まれる意外性も花丸でした。
 
●08/12/03
◆「名探偵ホームズ」より ウィザード家の秘宝 (下村家惠子・ゲームブック)
 
 アニメ『名探偵ホームズ』のエピソードを用いたダンジョンもので、広大な地下迷宮をホームズとワトソンが探索していきます。アニメージュ文庫からフィルムコミックが全6巻出ており、「海底の財宝」と「ソベリン金貨の行方」を子どもの頃から持っていて、21世紀に入り「小さな依頼人」「青い紅玉」の順で入手し、今年になって「ミセス・ハドソン人質事件」「ドーバーの白い崖」をセットで購入出来て、20年以上掛かって遂に本棚に揃えられた…と感動した数ヶ月後、この1986年初刷の書籍を偶然にも発見。存在すら知らなかったので、幸運に感謝しました。
 小学生以来となったゲームブックですが、その頃に経験した十数冊と比較すると出来はよろしくありません。普通は行動の結果を残す度に「Aにチェック」「Bにチェック」とシートに記載させ、これで「敵を倒したか」「アイテムを獲得したか」「扉を開けたか」等を確認して同じパラグラフへ飛ばないように配慮されるのに、本作では複雑に入り組んだ迷宮を舞台としながらフラグの管理がなおざり。倒した敵が現れ、避けたトラップが発動し、開けた扉が閉まり、取ったアイテムがそこにありでは、真面目に挑戦する気力が萎えます。他にも、マッピングしていないと前のパラグラフに戻らざるを得ない選択肢や、アイテムの名称が場面毎に統一されておらず書き込みの指示も曖昧なせいで、文中とシートで現状が符号しない時がしばしばなのも辛いところ。自分がプレイヤーであると同時にゲームマスターにもなれるゲームブックは、ただでさえいんちきプレイに走ってしまいがちであり、読者が真摯な姿勢で冒険に立ち向かえる作りにして欲しいものです。
 
●08/11/05
◆百星聖戦紀 10 リム・アースの空へ! (ひかわ玲子・ライトノベル)
 
 100人の英雄を登場させる壮大な構想のファンタジーで、1992年12月に第1巻→94年2月→同年7月→95年3月→同年12月→97年12月→98年11月→99年7月→2001年6月→05年8月に第10巻で完結と、極度の不定期刊行が読者に厳しい作品です。95年に3冊を同時購入して9巻まではリアルタイムで追い掛けたものの、2002年頃にはライトノベルへの興味を失っており、どうせ打ち切りの刑だろうと想像していました。存在を知ってから約2年、書店での捜索が実って自分の手元へ。400ページ近い厚さとは言え、少なく見積もっても1/3の英雄が現れていないはずで、本を開く前に不安だらけだったのは私だけではありますまい。
 序盤しか記憶に残っていなかった為、腹を括って最初から読み直しました。大量の登場人物に負けないように、名前・性別・紹介・初出のページ数を備えたリストを制作しながら。そこまで気合いを入れて接したせいか、当時は見過ごしていた文章力不足が目に付きます。英雄たちのカリスマ性や軍事的才能を一人称による感嘆か行動の結果で表現しがちで、具体的な説明が稀有な容姿に固まるのが最大の不満。代名詞の使用頻度が低くて文中にカタカナが溢れるのと、後半は主軸2人の変わり栄えしない独白が繰り返され、進行の遅さに拍車を掛けるのも辛い。リュード・セリュート・リューシュのように似た字面が多かったり、地名と同じ人名が無関係に使われたりと、読み手への配慮に欠けるのも駄目。終わり方は予想に違わず「第一部 完」で、あとがきには改題して続く旨が書かれていますが、完結から3年経過した現在も動きは窺えません。とは言え、この構想において最重要となる登場人物の描き分けと役割分担は努力しており、古き良きライトノベルを懐かしませるには十分。個人的にはリュードとアスバーンへの感情移入が強く、1日1冊のつもりが3日で10冊を消化しました。尚、余談を日記に。
 
●08/10/10
◆鉄腕バーディー 19〜20 (ゆうきまさみ・コミック)
 
 OVA等のメディアミックスに恵まれたのに未完のまま長らく放置されたり、約2年も前から予告していたテレビアニメの放送を直前に控えて掲載誌の休刊が決まると言う、禍福は糾える縄の如しを地で行く作品になりました。連載の移籍と共に題名を変更するようで、この第20巻は「鉄腕バーディー・完」の文字で終幕となっていますが、作者の筆力とバーディーの怪力を駆使した力任せの纏め方は、まるで打ち切りに終わった『パンゲアの娘 KUNIE』の再来。ここまで引っ張ってきた主人公の秘密が遂に友人たちと共有されたのも、その手段と対応が弱くて「今までどうして頑なに隠してきたのか」と、物語の根本に関わる素朴な疑問が浮かんでしまう程でした。
 7月からのアニメ版も全話、興味の向かない者が見るべきなのか迷いながら視聴。原作からは設定と登場人物を一部拝借しただけですし、この種のアニメに免疫の無い自分は「有田しおんでありますぅ〜☆」に精神的打撃を与えられたものの、やがてシリアス中心の展開になったお蔭で最後まで嫌にならずにお付き合い出来たのは幸いでした。同じ状況下で毎週見るのが義務の感覚になり、苦痛を感じてしまう経験が昔は多かったもので。フィルムコミックでしか知りませんが、旧作を元にしたOVA版との区別をはっきりさせる意味でも、ほとんどの要素がオリジナルなのは致し方無しだったのでしょう。来年からの第2期は流石にコミック準拠の展開に…と思いきや、巻末の監督インタビューには「第2期は、さらに漫画原作から離れていって、スーパーオリジナルな話が〜」との記述が。掲載誌の休刊に負けず新しい連載先が決まった代わりに、同時進行のアニメからは存在を無視されるなんて、幸福なのか不幸なのかやっぱりややこしい。
 
●08/09/15
◆きみにしか聞こえない (乙一/清原紘・コミック)
 
 角川スニーカー文庫より発売した、同名短編のコミック化。後発のこちらはあちらと異なり表題作のみで、もう一人の主人公の生い立ちを描いた第0話が付いています。そのあちらから設定や大筋を踏襲していますが、これは別のメディアで使われた既存の台本だったりするのでしょうか。都筑せつりが施したアレンジだと思い込んでいたもので、再び現れた小説との差異には良くも悪くも違和感がありました。
 乙一+漫画家の形式による作品は都筑せつり・矢也晶久・山本小鉄子大岩ケンヂと読んできましたが、『失踪HOLIDAY』に続いて担当の清原絋もとい清原紘が圧倒的に優れています。それは先発のバージョンと比べた時に顕著で、丁寧で乱れを生じない画力と読者に必要な情報をわかり易く伝える構成力が秀逸。心理描写は他の漫画家陣で目立った過剰な文章ではなく、キャラクターの表情と仕草で真正直に語ってくれますし、相当な主観的意見だと自覚していた「上手に成立され過ぎた弊害」まで完全に解消されるなんて。取り分け、終幕間際に明かされるはずの真相に触れない英断には感激でした。まるで自分好みの物語を、オーダーメイドで作らせたかのよう。
 
●08/07/29
◆ショート・トリップ (森 絵都・文庫)
 
 初遭遇から単行本の購入を経て文庫版発売の報に触れるまで、何かと因縁のある書名です。ショートショート8編・イラストページ・特別寄稿の追加に、漢字表記やルビ等の加筆修正で対象年齢を上げる等、文庫の発売を知らず直前に単行本を買ってしまった人が悔しがるに値する豪華な構成。悲しくも今回も収録を見送られた、残りの4編がとても気になりますが。
 初見の時には「意図が理解し難い文章を読むことに苦痛を感じる者には辛い」との感想でしたが、最初からひたすらにナンセンスなものなのだとわかって読むとあら不思議、リズミカルにも程があるテンポと場当たり的な展開がいつの間やら快感に早変わりでした。どうやら文字で象られた世界観へ深い考えを持たずにうっとりと浸れば良かったようで、紙の上の文章を有りのままの素直な気持ちで受け入れられる人を信頼して書かれたのかもしれません。あと、文庫版あとがきで「悪あがき組」と称している前回未収録作の方が洗練された物語に感じたのは、同ページに「自己評価が必ずしも人様の評価と一致しない」とある通りなのでしょうね。
 
●08/07/02
◆きみにしか聞こえない CALLING YOU (乙一/都筑せつり・コミック)
 
 角川スニーカー文庫の同名短編集から、表題作と『傷 KIZ/KIZS』をコミック化。小説の方は『華歌』の存在感が非常に強く、この両作は発売当時に電車の中で一度目を通して以来だったこともあり、大筋しか覚えていませんでした。そこで並べて読み進めてみると、前者には登場人物の設定や台詞や落ちに原作を揺らがす程の変更が施されており、客観的に評価すれば完成度は高まっていると言えるでしょう。ただ、元々が「頭の中に想像した携帯電話で時を超えて通話」なる非現実を日常に組み込んだ作品だけに、更なる非現実的な巡り合わせを追加して物語をショートショートやジョークのごとく上手に成立させ過ぎた弊害か、嫌な嘘っぽさが表面に現れてしまっているように思います。これにページ数の制限も合わさってエピソードの詰め込み具合も気になり、恐らく小説とコミックで逆さまのシナリオだった方が表現の媒体に適していたでしょうね。
 もう一方の『傷 KIZ/KIZS』は、個人的に思い入れ加減が低いことを認めつつ、絵柄や題材の好き嫌いを抜きにしても終始読み辛かったです。無闇に凝ったコマ割と台詞配置がページ中の時系列を定めてくれず、全体の流れを散漫に感じさせられました。また、主に小説から引き継いだ主人公の胸中を内容の価値に関わらず、大量の文字でいちいち書き入れているのが疑問。そこはコミックにしか出来ない手法として、文字ではなく絵と動きで表現して頂きたいものです。
 
●08/04/20
◆UFOと猫とゲームの規則 (飛火野耀・ライトノベル)
 
 生まれて初めて読んだ小説の『イース 失われた王国』と『もうひとつの夏へ』の間が15年で、そこから1991年発行の本作に辿り着くまで3年掛かりました。随分とのんびりした間隔ですが、一気に短縮出来たとも受け取れるでしょう。18歳の予備校生の「僕」がある少女との出会いから始まった異世界探訪を、回想録風に綴ります。謎に覆われた世界で謎に塗れた物語を、主人公たちが頭の中を疑問符だらけにしつつ動かしてゆく、全体像を最後の最後まで掴ませない意地悪とも言える作り。先が非常に気になって、栞を挟む隙を与えてくれませんでした。
 ただ、無視したとしか感じられない思わせ振りな記述が多いせいで、後に残ったのは気持ち悪さでもあります。異世界の出来事は『不思議の国のアリス』を持ち出すことで解決としても、現実世界での意味深な設定と前振りはきちんと伏線にして欲しいです。主語が少女のものだと…どうして男子トイレから出てきたのか、どうやってお金を取り戻したのか、なぜ敢えて裏返しの内臓だとしたのか等々。中でも、事件の発端である主人公と少女が惹かれ合ったのは、超自然的ではない理由付けが必要でしょう。オドラデクの存在意義も疑問ですし、ハッピーそうな2人の心にちっとも深入りしてくれないエピローグも不満でした。
 
●08/04/08
◆<骨牌使い>の鏡 I〜III (五代ゆう・ライトノベル)
 
 2000年出版の単行本に加筆修正を施した文庫版で、「骨牌使い」には「フォーチュン・テラー」とルビが。それは富士見ファンタジア文庫よりシリーズ3作を放った著者が集大成を読者に見せ付ける出来上がりで、25文字×21行×2段×500枚のボリュームを用いつつ無駄を省いた構成と、極めて幻想的ながら具体的な説明も欠かさない情景描写が螺旋のごとく絡み合い、ただただ美しい物語が誕生しています。8年の歳月によって一部のエピソード以外を忘れていたのに、今回の再読によって脳内に初見の時と同じ光景が蘇ったのは素敵な体験でした。
 その完成度の弊害として、作者が提示した事実への根拠や行動に伴う結果等、納得しにくい幾つかの出来事にツッコミを憚られるのは苦笑い。また、加筆修正が良い方向に働かなかったのも否定し難く、新たに生じたミスとエピソードのカットも確認しました。前述のように作品に対して真っ新に近いですし読み比べるつもりは無かったのに、文庫で違和感を覚えたページを単行本で開くと百発百中で違いが認められたんですね。中でも中盤、アトリとロナーの口付けと塔での儀式の間に存在した大段落が、全削除されているのは「やっぱり」との感想。代わりに数行が加えられているものの効果は疑問で、悲しいかな文庫版では前後の繋がりがご都合主義としか映りませんから、可能であれば単行本でお読み下さい。
 
●08/03/08
◆鉄腕バーディー 17〜18 (ゆうきまさみ・コミック)
 
 つとむが駿平だったのは前からだけど、今や早宮はひびきだし、紅葉はあぶみだし、平太郎は健吾だし、瀬戸川は碧子だし…と、いつの間にか『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』化していると言うのが、ゆうみまさみファンの総意ではないでしょうか。見た目はもちろん、性格と仕草まで似ているような。これは作者の狙い通りなのか、はたまた人物像のストックが尽きて使い回しに走ったのか、後者なら作品の今後にとって辛いですね。
 そんな印象から二作の関係に話題に移せば、『バーディー』が『じゃじゃ馬』と比較して決定的に劣るのが、色気。新章から全編の舞台が温泉になり、そーゆー場面が惜しげなく披露された訳ですが、タッチとシチュエーションが直接的なものばかりで工夫が欠けており、ちっとも嬉しくありません。対して『じゃじゃ馬』は掲載が少年誌のハンディまで抱えながら、あれやこれやと巧妙な手口で読者の胸をきゅんとさせてくれたと思います。渡会四姉妹の誰が好みか、なんて話が広がったのはその賜でしょう。
 
●08/01/30
◆死にぞこないの青 (乙一/山本小鉄子・コミック)
 
 『死にぞこないの青』を先頭に『暗いところで待ち合わせ』『しあわせは子猫のかたち』の順で、同名小説の短編コミックを収録。2003年の発売当時、この3作で最も不人気の『青』が表題作なのが腑に落ちなかったところ、『待』の映画化に合わせて出たらしき新装版では改められているのを、書店で確認。プロットが同一の『猫』『待』を並べたせいで、両作の価値が下がってしまった判断ミスも改善されていれば理想ですけど、買い直すに至らない理由は下記の通り。
 状況と心境を文字で長々と連ねて表現しなければいけない小説に対し、一枚の絵だけで様々な情報を伝えられるのが漫画の利点。なのに、本作では会話と独白に埋め尽くされてコマが過密だったり、その配置が適当で読み進める順番が定まらなかったり、そこまでしたのに重要な場面が欠落していたりで、原作を読んだ立場からは大筋を短時間で追えること程度しか評価出来ません。カズエの家でのやり取りが『待』にとってどれだけ重要なのか、カットするシーンを決めた人は本当にわからなかったのでしょうか。
 
 
 
 
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