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──── Liner note
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Be influenced ──
 
アイテムと心模様。
読んだ本・聞いた音楽・エトセトラ。
 
 
 
●11/12/12
◆ブラックジャック KARTE10 しずむ女 (OVA)
 
 2002年の夏、テレビで当OVAの集中放送を何気無しに見て、今まで全然興味の無かった手塚治虫のコミックを読み出しました。『ブラックジャック』に始まり、『リボンの騎士』から『双子の騎士』で一旦止まりましたが、子どもの頃にテレビで劇場版を見て伝達不可能な切ない気持ちを胸に残した『ユニコ』も、数年前に。その全てのきっかけとなったOVAの中で、年甲斐も無く『ユニコ』以上に切なくなってしまったのが本作であり、今回は10年振りの再見です。
 工場排水の有害物質が原因で、海の魚を食していた地域住民の健康が犯され、会社が責任を認めて結成した医師団へお呼びが掛かったブラックジャック。彼をよく思わない者により意に反して協力を邪魔されるが、月子との出会いが転機になる。彼女には知的障害があり現状を理解出来ず、未だに自分が採った魚を売り歩いていた──以上の粗筋は記憶に違わぬものでしたが、特筆すべき幾つかの要素に初見の自分は気付けなかったみたい。この主題なら企業や役所を敵として描くのが常なのに、純粋な悪が出て来ないこと。物語は伏線として提示された日本版人魚姫と表すべき地元の伝承に沿って、健康を取り戻しつつあった月子の溺死で幕を閉じるが、悲恋が招いた伝承に対するブラックジャックと月子の関係の相違点で、悲劇性を増加していること。担当声優の素晴らしい仕事振りから、月子の無邪気故のエロティックさが強烈なこと。その彼女が最期に何を思って逝ったのか、誰にもわからないこと。再見で失われがちな初見の感動が上積みされ、嬉しいったらありません。
 
●11/11/25
◆アンダー ザ ローズ 2〜7 春の賛歌 (船戸明里・コミック)
 
 2巻の中間で「冬の物語」は静かに幕を下ろし、新たに登場させた女性家庭教師が主人公の「春の賛歌」に移り変わります。この潔癖で芯の強い新参者を通じ、不明瞭な思惑が明らかになった皆への感情移入が容易いのと、以前までの暗雲に覆われた雰囲気の中では見せるに見せられなかったコミカルな描写が増える為、自分のように作品への印象が良き方向に転じた人も多いでしょう。そして、明るく前向きで微笑ましい話だと信じていたら3巻で裏切りを食らい、絶望的な境遇を突き付けられて打ち拉がれた人もまた、多そう。大袈裟に言えば、物語に没頭したことを後悔しました。その絶望には7巻を閉じても光明が差さず、どんな結末が導かれるのか非常に気になるものの、今後の刊行ペースが2年に1冊になるであろう現実にまた、打ち拉がれそうです。
 一番の見所に挙げたいのは、5巻を丸々使って語られる正餐会。今節では会話シーンを重ねる毎に大した利害関係の無い各人の間で小さな心理戦が生まれ、事件らしい事件を起こさないで退屈知らずの台本が進んでゆく為、読後感が気持ち良いです。また、ただでさえ大所帯の登場人物を倍増させながら、そんな老若男女の容姿・性格・立ち位置の描き分けが完璧で、自分の手駒を律儀なまでの責任感で操ってくれる作者の姿勢が偲ばれるでしょう。彼は何を考えて何をしたいのか、彼女はどんな人でどんな目的なのか、大変な情報量を把握しないといけませんが、読者として努力する価値はありました。
 
●11/11/03
◆猫の恩返し (映画)
 
 『ロングテイル オブ バロン』やら『ロマンアルバム』やら、6冊の関連書籍を2002年に購入したものの、本作を映画館ではおろか2005年の地上波初登場時のビデオ録画すら観なかった理由は、原作のコミックを早々に読み終えて話の筋を知ってしまったこと以上に、ロードショー中の評判が芳しくなかったから。姉妹作の『耳をすませば』への思い入れが、自分と主人公の境遇が信じ難い程に似ていて人一倍な為、宝物を汚されたくなかったのです。ただ、『千と千尋の神隠し』以降は未鑑賞とは言え、娯楽性や芸術性の比重で賛否は分かれても、かのスタジオジブリ作品ならば大外れは有り得ないとの安心感はあり、映画を観ていない→関連書籍を読めない→本棚を片付けられないの悪循環を、遂に断ちました。
 序盤から残念なのは、主人公の行動原理に一貫性が無いこと。感情の起伏が激しいようで大人しかったり、空想癖持ちなようで現実主義だったり、優しいようで暴力的だったり、場面毎に別人格みたいです。これは喋る猫との出会い後における「友人への第一声」と「母親との会話」の違いや、非日常への移行で強く感じました。原作からの大幅な改変も、皆の性格を薄っぺらくするわ、必要性が疑わしいシーンを挿入するわ、異世界冒険譚なのに見せ場不足だわ、根幹の伏線を劣化させるわ、クライマックスのスペクタクルを反映させないわ、取って付けたような主題をあからさまに伝えてくるわで、この短き上映時間を祝宴の猫王と同じ気持ちで耐えたのは私だけではありますまい。友人のクロスを壊した際の謝罪を削除したかと思えば、意図と意味が不明な台詞を増やし、朝帰りへのフォローは相変わらず無く、原作の良さを継がずに悪さを排さない方針って何なんでしょ。ついでに言えば、同時上映の『ギブリーズ episode2』も含めて、一部の下品な描写は抹消を希望。ただ、猫化した主人公の一挙手一投足の可愛さに限っては、映像でしか伝達不可能な破壊力で笑みを禁じ得ません。
 
●11/10/15
◆アンダー ザ ローズ 1〜2 冬の物語 (船戸明里・コミック)
 
 『LUNAR』『カオスシード』等のタイトルでゲームファンにお馴染みのイラストレーターが、掲載誌を紙からウェブに変えつつ長期連載中のシリアスな物語で、2年半振りに先日発売の第7巻を受けて最初から読み直しました。ある貴族の愛人だった実母の死因を、その家に引き取られることになった没落貴族の少年が追い求めて開幕する「冬の物語」は、第2巻の途中まで。19世紀の英国が舞台な反面、歴史的事件や専門用語の知識は持ち合わせ不要です。
 イラストレーターのコミックと言えば、美麗な一枚絵とは似ても似つかない画力に落ち着いてしまいがちですが、コマ割やカメラ位置も含めて彼女の作品は例外なのが最も嬉しい点。先が気になるから早くページをめくりたいにも拘わらず、丁寧な描き込みを隅々まで見渡したくもなります。主要登場人物が初っ端から20人を数える上、固有名詞の呼び方が「マリー」「マーガレット」「スタンリー」みたく同一人物相手でバラバラなのを当然としたり、説明的な台詞を排除して行動や表情で該当者の感情を推察させたがったり、相当に読者を信じた作りなのは好みが分かれるでしょう。また、作者の中では開幕から閉幕まで全てが決まっていると思しき大長編の一片でしかない「冬の物語」だけだと、皆の言動に不可思議さが否めないのも確か。ここ数年は新刊が待ち遠しい自分も第1巻を購入した時は、シナリオの本意を理解出来ないままに評価を下し、第2巻は新古書店の105円の棚に見掛けるまで待ったくらいです。読み直しは通算4回目なのにまだ新発見があり、作者自身が公式サイトで促しているように「冬の物語」は再読が必須だと改めて実感しました。
 
●11/09/30
◆放送禁止 劇場版 〜密着68日 復讐執行人 (映画)
 
 「ある呪われた大家族」「しじんの村」等、フジテレビ系で不定期に計6本制作された深夜番組『放送禁止』シリーズの初劇場版で、2008年の「デスリミット」の直接的な続編。同じ時間軸を別人の視点から眺めることで、単体で完結していたはずの「デスリミット」への理解を見事に否定し、今度こそは偽りの無い真相に気付かせてくれます。正直に言えば、最後の最後まで伏線張りに徹した台本が原因で視聴時間のほとんどを退屈に過ごしたり、真相へ辿り着いたのは自力ではなくインターネットの検索頼りだったりしますが、本当に気持ち良く騙されたので悔しさはありません。
 ただ、「真実を積み重ねる事が、必ずしも真実に結ぶつくとは限らない」のキーワードが、なぜか重要視されていないのは疑問です。ドキュメンタリーの体裁を守り続けたテレビの『放送禁止』では禁忌だった、芝居がかった台詞回しと有り得ないカメラワークが今作では非常に目立ち、安っぽいドラマみたいな映像になってしまいましたから。クレームへの対策で作りたいように作れないであろう地上波ならともかく、本来のコンセプトを発揮し易い劇場において監督は何を狙ってこうしたのでしょう。
 
●11/07/28
◆ラン (森 絵都・児童書)
 
 父・母・弟・叔母・愛猫と段階的に死別し、生と死の境界線に漂っていた22歳の女性が、あるきっかけであの世の家族と出会えるようになってからの一大転機で、表題に通じるフルマラソンの走破に挑戦するまでの様を、ユーモラスに描きます。発刊は2008年で、直木賞受賞第1作とのこと。粗筋及び450ページ超の分量が一般向けに見せる反面、活字の大きさとルビの多さを踏まえて、ここでは児童書と判定しました。
 絵に描いたような女子高生風の語尾で内向気味の成人女性に似合わない一人称や、自転車に「載る」と「乗る」の混在から推測される、おざなりな添削。あの世の家族へ違和感を覚えながら足しげく通ったり、マラソンを主題に挿げ替える方法が強引だったり、皆の行動に対する理由付けが薄かったりと、ご都合主義満載の物語。小学生レベルの関係を二十歳前後の人物で展開させた是非はともかく、結局は全然描き切れていない恋愛描写。悪人を善人に仕立て直す際の、実に在り来たりな手法。笑わせたい意図は伝わるが、笑えないギャグ。伏線は回収されず、想いは遂げられず、長々と語った割に実りの少ない終幕。主人公の死生観に準じた日常がほんのり淋しく、大切な一時の喪失を代償に得た自転車での快走を転換点に思わぬ方向に流れてゆく出だしに惹かれ、人の死から始まる開幕や「あっち」と「こっち」の区別に我が心の名作『カラフル』の面影がちらりと、前半で期待を膨らませてしまった自分には裏切りでした。「森絵都の作品で主人公の性別が♀=自分には合わない」の法則が覆る日は、いつになるのでしょう。あと、余談を日記に。
 
●11/07/09
◆ゆうきまさみ30+1 (アンソロジー・画集)
 
 『鉄腕バーディー EVOLUTION 7』の初回限定版に付属したカラーイラスト集。コミックよりも二回り大きいB5判に、昨冬に開催の「ゆうきまさみ開業30周年!記念企画展」において30人のプロフェッショナルから寄稿されたお祝いイラストと、作者自身による個別の返信を収録します。参加者は出渕裕・高田明美らの名を連ねて当然の旧友から、あだち充・高橋留美子らのサンデー系の人脈に、うっけ・りょーちもらの近年盛んなメディアミックスの関係等々、大御所の漫画家から若手のアニメーターまで多様で豪華な面々です。
 自分の知識及び興味不足故に、全く知らない人と名前だけは知っている人で半分以上を占めてしまうにも拘らず、総勢30人+作者が描いたゆうきまさみキャラ・思い出話・内輪ネタのオーケストラに、お腹いっぱいでした。サイン色紙を渡して気安く頼んだようなものではなく、結構なギャラを支払って正式な仕事としてお願いしたのではと思わせるくらい、誰もが本気で自由気ままな創作欲を炸裂させており、一枚一枚の出来が素晴らしいのです。あと、今までの30周年記念商品は再録ばかりだった分、その全てがイベントに行っていない自分にとって初見なことも満足度の高い要因。個人的MVPは意外性重視で、新谷かおるの「まのちゃん」と、美樹本晴彦の「原田知世」に。少し残念なのは、モチーフが『あ〜る』『パトレイバー』『バーディー』『GUMI』に偏り、『KUNIE』に至っては0だったことですね。
 
●11/05/27
◆週刊ファミ通 2011年5月12日/19日合併号 (ゲーム雑誌)
 
 日本のゲーム雑誌で最多発行部数を長期間守り続けている有名誌。自分が十代の頃はよく目を通していたにも拘らず、身銭を切ったのは今号が初めて。しかも、ゲーム雑誌の購入は『ドリームキャストマガジン』2001年4月13日増刊号以来です。その原動力となった全88ページのセガ特集は、事実誤認等のツッコミどころが一部に限られ、懐かしき過去から知らぬ存ぜぬの現在まで守備範囲が幅広く、商業誌ならではの信頼性と充実度で合格点。我が最愛の『バハムート戦記』は流石に、決して超有名タイトルではないので記述無しと思いきや、作品名のみながら150ページの「セガ名作タイトルデータ」に。でも、『アウアーアーアー』やら『ワンチャイ』やら、少し不思議なのと同列してますけど。
 新ハードの○○が発売とか、あの△△の続編が登場とか、興味を持たなくても噂で自然に教えられ、CFや店頭でも動画が視野に入るとは言え、紙媒体から久々に最新情報を得てタイムスリップしたかのような衝撃…は、案外ありませんでした。10年間の劇的な進化を2度体感した年齢のせいか、静止画のクオリティから通信関係の要素まで、3度目の10年間は大して変わっていないと感じまして。変に驚いたのは発売スケジュールで、今や一級の現行機でも凄く少ないんですね。
 
●11/04/26
◆ゆうきまさみのもっとはてしない物語 (ゆうきまさみ・エッセイ)
 
 『月刊ニュータイプ』にて1985年より連載継続中のイラストエッセイを纏めた単行本の第2巻で、前巻から12年の間隔を置いて2008年に刊行。1996年7月〜2008年3月の作品に加え、『機動警察パトレイバー』のDVDを買えば読めたらしい「はしたない物語」を収録します。定価を上げてでも紙製の箱に包んだ判断が、A5判を横長に用いた珍しい装本を収納の邪魔にしない為だとしたら、凄く誉めてあげたいです。
 相変わらず掲載誌と前巻は未チェックで、本作との接点が角川スニーカー文庫より発行の天の巻地の巻以来となる自分にとっては、有りのままのレイアウトに価値を覚えました。縦長のコマを左右に分割したり、改行ペースが滅茶苦茶だったり、乱暴な編集がされていた文庫版とは読み易さが全然違いますから。内容については、流石にお年を召されたようで「正義に目覚めたばかりの中学生みたい」との感想を抱かせる主張は見受けられず、自虐ギャグやサービスカットの連続を気楽に楽しめます。ただ、月1回の1/2ページで盛んにネタ切れを叫ぶのって、超長期連載とは言えどうなのでしょう。あと、人の迷惑省みずボケ倒したい大阪人の自分には、ボケると自動的にツッコミ入れてくれる女性型ロボットのツッコちゃんに、羨望。
 
●11/03/28
◆ゆうきまさみ年代記 (ゆうきまさみ・コミック)
 
 作者の漫画家生活30周年を祝した愛蔵版的構成で、オールスターキャストの描き下ろし短編や庵野秀明との対談を添え物に、自選による歴代読切&連載作品のベストエピソードを細切れに多数掲載します。帯では触れられていませんが、美麗なカラーイラストが付いた高田明美の特別寄稿もあり。ただ、未公開の原稿や設定資料等は皆無です。
 読み終えて強く思ったのが、幸か不幸か新古書店で安価かつ容易に大方の本が入手可能で、復刊が望まれる幻の作品を持たない当漫画家には、企画が不向きなこと。新旧関わらず彼のファンの中に、純粋な再録が9割以上を占める紙媒体へ1500円の価値を認める人がいるでしょうか。あれやこれやの主要キャラクターがしっちゃかめっちゃかに競演した描き下ろしと、作者らしからぬ読者に媚び媚びの女尊男卑な表紙は二重丸ですけど、折角の記念商品なのに訴求力不足が否めません。
 
●11/02/26
◆別冊ゆうきまさみ (ゆうきまさみ・画集)
 
 作者の漫画家生活30周年を祝し、昨秋発売の『鉄腕バーディー EVOLUTION 6』に付属した80ページのカラー画集。ファンサービスのおまけかと思いきや、しっかりした装丁からも窺える本格的な中身で大満足でした。ただ、出し惜しみせず出荷したのか、6巻単独より倍近い価格が響いたのか、初版限定のはずなのに先月でも見付けられたので残りがちなのかも。
 『究極超人あ〜る』から『パンゲアの娘 KUNIE』まで、小学館から世に出た過去の作品に割かれた分量が多く、1991年から作者を追い掛け始めた自分は強い懐かしさを覚えると同時に、初見の資料とカラーイラストから得られる新鮮さが良。ただし、個人的な共通点を持つキャラクター、西園寺まりいの不在は主観で減点と致します。あと、この30年間でモノクロの画力は洗練されていったにも拘らず、カラーの一枚絵に潜む拙さがあまり変わっていないのは、『鉄腕バーディー ARCHIVE』のインタビューで自虐されていた通りですね。
 
●11/01/31
◆鉄腕バーディー ARCHIVE (ゆうきまさみ・コミック&設定資料集)
 
 2008年のアニメ化と共に刊行された大判のコミックで、少年サンデー増刊版=旧原作の単行本未収録作品4編+1編を中心に、連載誌からのカラーイラスト・アニメ版の設定資料・ヤングサンデー版=新原作の登場人物紹介・作者インタビュー等々、多種多様な項目で構成。新旧原作の他、OVA版・ドラマCD版・TVアニメ版とメディアミックスが20年以上も散漫に展開されて実態を掴みにくい『鉄腕バーディー』を、当事者が責任を持って纏め上げてくれました。ただし、新原作の不可抗力な終了直前と中途半端な発売時期でもあり、ビッグコミックスピリッツ版=新原作続編への橋渡しには力不足です。前にも似たようなことを言いましたけど、本作ってば幸が薄い。
 出渕裕と鹿野司の手掛けたSF考証は、普通にコミックを読む限りでは伝わってこないハードさにびっくりで、これは作者が設定病を患っていない良き証拠だと思います。また、物語の上っ面だけをなぞるかインタビュイーへのおべっかりに終始する先入観があった為、作品への理解を深めるに役立ったインタビューに好印象でした。そして、何より読み応えと存在価値ありなのは単行本未収録作品で、噂でしか知らなかった『究極超人あ〜る』とのシンクロや、新原作のモチーフになった旧原作のエピソードをこの目で確認出来てご満悦。あと、+1編として作者曰く「スピンオフ作品」となる近年の中編が入っており、旧原作→スピンオフ→新原作と移り変わってゆく絵柄を楽しめるのも見所でしょう。個人的にはちょっぴり下手な旧原作の方が、コミカルとシリアスの中間な今作の雰囲気に相応しいと思いますね。
 
●10/12/30
◆茶々、初、江 戦国美人三姉妹の足跡を追う (鳥越一朗・文庫)
 
 日本の戦国時代に名を残した浅井三姉妹の生涯を、当時の時代背景と現在の名所旧跡で辿っていく、歴史解説書兼観光ガイドブック。特に言及はありませんが、来年のNHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』を当て込んでの一冊なのは絶対的ですね。厚みの無い文庫判で活字も大きめながら、人物紹介・家系図・関連地図と読者に必要な情報を取り揃えており、オールカラーを筆頭に装本の美しさも花を添えて体裁のレベルは高し。内容に目を移せば、著者の思い入れと妄想が色濃く出た文面は軽妙より軽薄に近く、豊富な写真もサイズが小さ過ぎたり明らかな失敗作を平気で載せたりで、悪い意味の緩い制作姿勢が少し気になるものの、手軽な予習復習用の教材には適格でしょう。
 しかし、表紙のイラストが立ち読みの動機だった者にとっては、それを本編に一切使用していないのが肩透かしで、購入を逡巡したのも確かです。人の趣向を選びかちな萌えキャラやゆるキャラではなく、幅広い層が強烈な愛らしさを思わず覚えるであろうタッチで浅井三姉妹が飾る表紙は、著者名や題材よりも売り上げに貢献したのでは。奥付によれば手掛けられたのは萩原タケオとのことで、この方の素敵なイラストで戦国美人三姉妹の足跡を追える日を淡く期待しています。
 
●10/12/14
◆島本須美 sings ジブリ (島本須美・CD)
 
 宮崎アニメのヒロイン役を多く務めてきたベテラン声優の島本須美が、スタジオジブリ作品の新旧主題歌を唄うカバーアルバムで、『風の谷のナウシカ』から『崖の上のポニョ』まで全11トラックを収録…なんて紹介では全く通用しないのが、この商品の怖いところ。有り合わせを安直に使ったような電子音と、脈絡無く引用されるクラシックのフレーズに、ダンスミュージックでお約束の単調なリズムが合わさった伴奏へ、島本須美の飾り気を持たない歌声が場違いな風に被さっていく──実態を忠実に記すとこうなり、ちっとも名が体を表していません。更には、ボーナストラック扱いでもないのにインストゥルメンタルが2曲も存在するおまけも付いて、コンセプトがあやふやにも程があります。
 ただ、購入を後悔したかと言えば然にあらず。それは近年になって懐かしいアニメのCDを集め出した関係から、今まではテレビから時折聞こえてくるだけだったスタジオジブリ系の楽曲に触れる頻度が急に増えた結果、意外なことに数々の有名曲に対して結構早く飽きてしまっていたから。原曲は映画との親和性を含めて完成度が高過ぎる為、少し肩が凝るんですね。そんな屈折した自分にとって当アルバムは気楽で手軽な制作姿勢が却って耳に嬉しく、奇跡のバランスで成り立った一枚と言えましょう。
 
●10/11/20
◆魔神英雄伝ワタル メモリアルブック (ファンブック)
 
 1988年から10年間に3回のTVシリーズと2回のOVA版が制作された表題アニメより、約150話分の粗筋と設定資料を網羅した厚い一冊で、帯には「面白格好良救世主伝説大全集!」と懐かしの名文句が。本作のメディアミックスに熱心なコロコロコミックを愛読していた影響により、プラモデル・キャラクターグッズ・書籍・CDと、小学生から中学生までの自分が散財した数少ないホビーで、思い入れの深さ故に今も保管している購入物が少なくありません。そうそう、小さい頃から知的で二枚目なキャラクターがご贔屓の自分は当然、ヒミコ曰く「トリさん」こと渡部クラマがお気に入りでしたが、担当声優の山寺宏一の顔を当時に書籍で初めて見た時は結構なショックを…ゴホゴホ。
 250ページを超える大ボリュームながら、多くの楽曲を担った双子デュオのa・chi-a・chiや、井内秀治と広井王子が執筆した角川スニーカー文庫版や、同系統の番組を深夜ラジオ界に増殖させたラジメーション版への言及は皆無で、アニメシリーズの粗筋と設定資料が白黒で延々と続きます。プラクション紹介や制作者インタビューはおまけ程度の分量しか無く、自称「スペシャルファンブック」にしては資料性重視の作りが淋しいかも。ただ、第一期は子ども向けアニメにも拘らず関西地方では平日昼間の放映だった為、各エピソードの具体的な内容をほとんど知れず、この不可解な編成が若干緩和された第二期は全話視聴し、金銭的に購入が無理だったOVA版ととっくにアニメを卒業していた第三期はノータッチと言う極端な触れ方をした境遇からすると、見たくても見られなかった第一期及びOVA版、見たはずなのに大半を忘れている第二期、存在は知っていたけれど興味の無かった第三期と、多様な側面から知識を得られたので充実感はありました。
 
●10/10/20
◆鉄腕バーディー EVOLUTION 2 (ゆうきまさみ・コミック)
 
 1巻の感想に「アニメの第2期は存在を気にしつつも一切触れませんでした」と記した自分は、今巻よりアニメ版のオリジナルキャラクターが登場して物語の中心に居座ってしまい、アニメをチェックしていないと100%の理解に及べない作りがされないように祈ります。この調子で「有田しおんでありますぅ〜☆」までやられた日には…。
 改題新展開から2冊目にして長らく未回収の伏線が次々に再浮上する様には、20冊も続いた割に内容が乏しい旧作とは打って変わって、話の運びが熟れた印象。掲載誌の休刊で強いられた不可抗力の仕切り直しが、作品との付き合い方を変える良き契機に化けたのでしょう。あと、中年親父と公的機関の活躍が増えていきそうな点も、作者が得意な描写なので今後の期待に繋がりました。
 
●10/08/28
◆GOTH モリノヨル (乙一×新津保建秀・小説+写真集)
 
 『GOTH リストカット事件』の実写映画化と連動した書籍で、書き下ろし番外編「森野は記念写真を撮りに行くの巻」を読み終えると、それを元にしたヒロイン──森野夜役の高梨臨が被写体の撮り下ろし写真150枚が現れます。ともすれば現実味が薄く、実世界に投影しにくい森野なるキャラクターに強固な骨格を与えてみる試みは歓迎したいものの、質が低くて量も水増しの作品がページの半分を占めており、作家・カメラマン・モデル・読者の誰にとっても嬉しくない商品でしょう。プロが素人っぽく撮ったつもりで、素人がプロっぽく撮った風な出来上がりが致命的ですし、番外編で森野を撮影するのはプロだったりして、書籍内に整合性がまるでありません。同作の写真と聞いて真っ先に連想される、ハードカバー版の表紙裏を見習うべきでした。併せて、帯と装丁の安っぽさにも厳重注意を。
 連続殺人鬼の一人称で進められる番外編は、安易な犯行を続けている割に第三者から少し脅されただけで逮捕を極端に恐れるのが変で、その後も行動を改めない彼が捕まらずに済んだ根拠は全く説明されず、何よりお馴染みのトリックが無いので不完全燃焼気味。ただ、殺害される寸前から「**君」の機転で危うく難を逃れられたのに、相変わらず自身は何も気付いていない森野と言うプロットにより、短編としての魅力は合格点でした。一途に死を追い求めると同時に自然と死を引き寄せてしまう運命を背負った彼女を、当人に内緒で幸か不幸かコミカルなトラブルメーカーに早変わりさせる著者の態度が、可笑しくて可笑しくて。
 
●10/08/20
◆本当はツンデレなグリム童話 ツングリ! (出海まこと・萌え本)
 
 かの有名なグリム童話は意外にも、安心安全な子ども向けでなければ残酷非道な大人向けでもなく、ツンデレなヒロインが目白押しの大きなお友達向けの物語だったそうな。どこかで聞いたような書名に騙されて手を出した訳ではなく、同系統の『科学がSFを超える日』に想像を良い意味で裏切られた影響からなので、念の為。パロディ元のベストセラーは未見ですが、歴史ゲームで有名な旧光栄が1990年代に多数出版した歴史人物笑史シリーズの『爆笑グリム童話』は発売当時よりお気に入りの一冊で、グリム童話が秘めるナンセンスとグロテスクの二大要素への愛着は持っています。
 グリム童話から題名通りのヒロインを抜き出し、お目め円かな美少女イラストを付け足すだけでも商品として十分だと思いますが、この書籍のメインは「あかずきん」「ヘンゼルとグレーテル」等の8編に時代背景から登場人物まで根本から覆す大改編を施した短編小説で、見るよりも読む方に重点が置かれました。学園祭の出し物で演じられる劇みたく、ひたすらコミカルに脚色されたお話が面白いかどうかはともかく、この作用でランドセルやらスクール水着やらの象徴的な人気小道具がイラストに使えるようになり、描き手と読み手の双方にメリットを授けたと言えましょう。ただ、7人もイラストレーターを起用した割にタッチが恐ろしく似通ってほとんど見分けが出来ないのは、幾つかの心配が芽生えます。自分の目だったり、他人の趣向だったり、業界の行く末だったり。
 
●10/07/29
◆夏と花火と私の死体 (乙一・ホラー)
 
 著者のデビュー作かつ、第六回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞の大賞受賞作で、1996年の新書版です。題名通りのホラー小説にも拘らず、グロテスクさを押し退けて清浄感が保たれる特異な文体も然ることながら、やはり16歳男子の創作物であった点が最大の売りでしょう。一時期は大のお気に入り作家になるも、絵本を謳った『くつしたをかくせ!』の酷さを原因に、その動静はほとんどチェックしなくなりました。
 2001年に『失踪HOLIDAY』を何気無く買って数時間後に感じた衝撃を、自分の書評サイトに絶賛を書き連ねて解消した際、常連さんからのメールで言われるままに文庫版『夏と花火と私の死体』を即購入に走りましたが、同時に風の便りで「新書版はもっと怖い」と聞いていて。結構長いスパンで探しており、今年5月に新古書店で出会えた時には、どこの誰だか知れない手放してくれた方に感謝の電波を飛ばしました。満を持じて、文庫と新書を読み比べれば…どうやら同じく新書版未入手の『天帝妖狐』と取り違えていたようで、なんてこったい。コミック・あとがき・解説は文庫で読めないとは言え、自分で自分を化かした気分です。
 
●10/06/02
◆萌え萌え未来科学講座 科学がSFを超える日 (未来科学講座制作委員会・萌え本)
 
 既に身近な存在と言えるロボットから夢物語にしか思えないタイムマシンまで、報道や創作物に頻出する馴染み深い15種類のキーワードへの知識を懇切丁寧に教えてくれます。書名に嘘偽り無く、肌もあらわな今時の美少女イラスト付。ジャンルの表記を迷っていたら、この種の企画を「萌え本」と呼ぶことを先日に知り、至極単純ながら言い得て妙だと感心しました。当コンテンツのリストが表す通り、いわゆる「萌え」で括られる分野への興味はほとんどありませんが、別段の拒絶感も無いことを先に書いておきましょう。
 色物的な見た目から内輪ネタの多さを覚悟したところ、完全に偏見。言葉の定義と解説に始まり実現予想時期と根拠で締める本文は、無知識の人を対象にしていながら冗長には語らず、非常に理解し易くて二重丸。図を含めたページのレイアウトやカラーとモノクロの使い分けが的確だわ、SF人名事典等の資料も有益だわで、ページ数の割に読み終えるまでの時間が短い弱点は高品質の裏返しだと好意的に受け取れます。同じ知識が得られるならば文字の洪水よりも、ノンブルの増加の度に可愛いイラストが現れる方が確実に嬉しい訳で、プレイヤーが頑張る度にご褒美を授けていくTVゲームの仕組みを思い起こしました。ただ、自分含めて購入者の大半はイラストが主食でSF云々の題材は付け合わせ程度との予想でしょうから、画力と量が不十分な訳ではないのに主従関係が逆転している実態は痛し痒しかもしれません。
 
●10/05/22
◆レディストーカー 過去からの挑戦 (妹尾ふゆ子・ライトノベル)
 
 自称天才プログラマーの内藤寛がスーパーファミコンに投入した同名アクションRPGの小説化で、初版の1995年に購入して先日まで表紙以外に目を向けなかった、我が蔵書において最も不遇な存在。『真世の王』で触れた『異次元創世記──赤竜の書』の影響から既刊の当作を入手したものの、原作を未プレイで読むのは自分と作者にとって良くないと、粗筋にも目を通さなかったのです。本棚の一大整理で幾度目かの手に取りにくい場所への移動が決定し、この機会を逃したらもうチャンスは訪れないだろうと、当時と変わらぬ身の上でページを開けました。
 率直な感想は、既読のライトノベルで最低ランク。女王様タイプの主人公の言葉遣いが画一的でくどく、現在の独白と未来の回想が行単位で変わる程に時系列が滅茶苦茶で、和製ファンタジーなのに現実の固有名詞が頻出と、序盤からプロとは思えない一人称がお出迎えです。中盤に入っても、ゲームにはお約束でも物語には不必要な場面を排除しないばかりか、それらの少なからずを事後の結果報告だけで処理しており、読者が楽しむ余地の無い無味乾燥な記述が目立ちます。この本から得られた収穫は終盤、内藤寛の「寛」の正式表記を初めて知れたことだけでした。
 
●10/05/09
◆スギハラ・ダラー (手嶋龍一・小説)
 
 2001年のアメリカ同時多発テロにおいて顔を売り、現在は経済や安全保障の論客としてメディア露出の多い元NHKワシトン支局長による、自称インテリジェンス小説。第二次世界大戦からリーマンショックまでの70年間に及ぶ金融界の出来事を、イギリス人諜報部員とアメリカ人先物取引調査官を始めとした数人が関連付けてゆく物語に、現代の金沢を舞台とした純日本的な描写と小道具が散りばめられます。政治的主張の含有率は低いので、作者の思想と相容れない立場でも大丈夫でしょう。酷くなる一方の「ギリシャ・ショック」真っ只中の今、手に取るに絶好の機会では。
 専門性の高い用語や難解な時代背景を読者に突き付けて喜ぶようないやらしさは無く、前編的存在の『ウルトラ・ダラー』を未読ながら何も困らなかったことも併せて、日常的な報道に全然興味を持たない人でもなければ、お堅い題材とは裏腹に読み易し。ただ、仮構と現実をわざと曖昧にした反動から、登場人物が実在するのか自力で確かめさせられたのは少し面倒でした。総評としては、過去に戻ったり未来に行ったりの複雑な構造がいつしか偶然を必然に化けさせ、途中で頭に浮かんだ疑問符もきちんと消化させてくれるのはお見事ながら、結局は肩透かしを食らったのも事実だったり。まず、題名の「スギハラ」は日本のシンドラー──杉原千畝に由来し、帯でも彼が物語全体を支配するかのように煽っているのに、これがこじつけにしか映りません。あと、終章で突如現れる展開は作者の願望が強く、そこまでの300ページで培った現実性が薄まってしまったのが興醒めで、第9章で締めて欲しかったですね。
 
●10/02/23
◆ぐるぐるクリーチャー 第2巻 オボエテロ! (ウエクサユミコ・コミック)
 
 第1巻からの続き。副題の「オボエテロ」は「ヨカッタネ」に代わる台詞ですが、毎度毎度のオチに使うには意味合いの汎用性に欠けるのが難で、『エヴォリューション』での存在感には遠く及びませんでした。しかし、頻出表現の「ぶくぶくぞわぞわ」「ぷにぷにすべすべ」「ツルツルテカテカ」の三大キーワードが「オボエテロ」の影の薄さを補って余りあり、これらの語感を作品名はあやふやなのに覚えている人は少なくないのでは。本作の概要を全キーワードを使って述べると、「ぶくぞわ派」「ぷにすべ派」「ツルテカ派」の中学生男女3人+αが、自分の派閥の魅力を押し付け合うとでもすれば大体正解でしょう。
 『エヴォリューション』が心底可愛く優しく柔らかい雰囲気だったのに、不粋なまでにエログロなネタを狙ってくるのは好みが分かれるかも。主人公の母親の描写が恐ろしかったり、終盤には作者の妄想が爆発して最終回に至っては大スペクタクルになったり、少し悪趣味なのも否めません。へんてこな世界の説明を全くしないので、作品内の独り善がりに付き合わされる状況も多いです。そんな人当たりの悪さも、大勢いるキャラクターの皆が容姿も性格も愛らしいと来れば問題無く、公式のキャッチコピー曰く「脱力マンガ」とは言い得て妙。キュートな男の子や女の子やオカマ君やクリーチャーが、じゃれたり合体したり食べられたり溶けたりするデンジャラスな日常を、肩の力を抜いて満喫しようじゃありませんか。
 
●10/02/09
◆ぐるぐるクリーチャー (ウエクサユミコ・コミック)
 
 現在定期刊行中の総合ゲーム雑誌『ゲーマガ』の前身『ドリマガ』の前身『ドリームキャストマガジン』にて長期連載された表題作に、他誌掲載作や見開きイラストをフルカラーで収録した豪華な一冊。『ドリームキャストマガジン』の前身『セガサターンマガジン』の前身『BEEP!メガドライブ』の前身『Beep』のラスト3号から増刊号含めて全号購入し、それらは捨てることなく今でも押し入れに保管していますが、買っては流し読んでの繰り返しに嫌気が差して購読を止めたのが本作の完結前で、このコミックの存在は心の拠り所。裏を返せば、本作だけでは購読動機を維持するに十分でなかった訳ですけど。
 作者は同誌で以前にゲームソフト『神機世界エヴォリューション』の1ページ完結のギャグを連載しており、ほんわかとした作風ながら有り触れたその手の4コマ系とも全然違う代替不可能な魅力が、原作未プレイなのに好きだった人も多いのでは。最後の台詞を必ず「ヨカッタネ」で締める特徴は実に印象深く、これまた自分含めて当時のインターネット上では局地的に愛用者が出現した程。そして、そのフォーマットを受け継いだオリジナルの新作こそ『ぐるぐるクリーチャー』で、以下第2巻に続く。
 
 
 
 
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