──2003年──
 
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■3月16日 始まり始まり。
 
 リニューアルを目指して、日記をこっそりと書いておきたくなって。書き溜めてトップページの改装が完成したら晴れてリンクさせます。隠しリンクから見付けた方は見て見ぬ振りして下さい。
 如月さんはインターネットと現実で人格を分けており、ここの文章は前者で書いていますが、日記には後者の要素も出そう。とは言え、あっちは偽物でこっちが本物って感じでもないようで、どっちも自分の言葉なのでしょう。
 
 そんな予防線を張って、始まり始まり。
 
■3月19日 潤いの雨のキス。
 
 歌詞を書く糧。頭に浮かぶ漠然とした世界だったり、ほんのちょっとだけ断片が現れた物語だったり、夢の中で過ごした光景だったり。様々だけど全てに共通するのは、目に見えないし手で触れられないこと。
 自分の中にしかない自分の中でしか感じられないイメージは、そのままだと誰からも認められない。だから、他人にも伝わるように言葉を借りて現します。この感情は奇遇にもセラニポージの紹介文がイコールなので、Purple passageにてご覧を。
 
 言葉に置き換える時、たくさんの要素が抜け落ちてゆきます。それは言語の限界ではなく、己の表現力不足。それを実感じさせられた最近の作品が、『潤いの雨のキス』で、この物語を思い付いた時の素敵さを大切に創り上げたかったのに失敗かも。だって、書いた本人が読んでも意味が捉えられないんですもの。そんな訳で歌詞の解説をさせて下さい。
 
 
 僕と君=彼女がいます。彼女は晴れの日にはいつも浮かない顔で、僕にとっても可愛く思えません。
 久し振りの雨が降ったある日、彼女は珍しく微笑んでいました。
 普段と違うその表情に僕は男の子の部分を刺激させて、彼女とキスを交わします。その時に僕は感じるんです、彼女の荒れた唇から血の味を。
 
 時は過ぎ、大雨が降る季節。彼女の様子は相変わらずで、雨が嬉しそうです。
 一緒の空間で一緒の時間を過ごす内、僕は彼女に何となく気後れしていたのですが。彼女がああして喜ぶ姿を見ると、心配の必要は無いのかなとも思います。
 それに彼女、決して優しくないキスも享受してくれるようになりました。もう唇から血の味もしません。
 僕はこの時、彼女が天気のいい日を嫌う理由を、ようやく見つけられたのです。
 
 
 以上でした。如月さんも夏場には半袖を着られないくらい肌が酷い状態になってしまうし、似たコンプレックスを持つ人の気持ちを描きたかったんです。
 
■3月20日 生活科学部だったら。
 
 家庭科で習った、玉止め。何度やっても出来ません。やり方を根本的に間違ってる気もして、学校でも適当な代替案で誤魔化したような。でも慌てません、今なら検索すれば解決確実。玉止めが出来なくても検索が出来れば玉止めは出来るけど、検索が出来なくて玉止めが出来ても検索は出来ません。自分が前者で助かりました。
 では早速、検索開始…あれ、全然見付からない。これだけ探しても情報が無い=玉止めが出来ない人なんて存在しないとか。本当を言えば1回の検索で見付けたけど、その説明文では理解に及ばなくて他に探し回っていたのが真相です。そこによれば「小学四年生〜六年生の全員がこの説明方法で出来た」とのことで、その倍以上の年齢の如月さんがなぜ。
 
 このままではお婿に行けません、行くかどうかは別にして。
 
■3月21日 失われた子の写真。
 
 幼い我が子を突然死で失った母親の手記に、ネットサーフィン中に出会う。全てが終わってから纏められたのではなく、始まりから終わりまで当時の感情のままに書き綴られている。
 何の過失も無いのに最愛の存在が失われてゆく、その理不尽さへの必死の抵抗に胸が締めつけられ、ボロ泣き。この涙は亡くなった子が可哀相で流したのではなくて、完全に第三者ですらこれだけ感情を揺さぶられているのに、当事者の悲しみを想像して。
 
 慈しみ育てた我が子を失う経験が無い者に、実感は無理です。想像しても、その想像よりもずっと大きな悲しみだとしかわかりません。わからないくらい悲しいことだから、せめて泣きました。
 涙を拭きながら1ページずつ読み進め、そして最後のページの一つ前。そこには注意書き、次のページには亡くなった子の写真が飾っている。見たくない人もいるだろうからと。
 
 ゴメンなさい、クリックは無理でした。
 
 きっと、真ん丸な顔の大きな瞳で、無垢な笑顔を浮かべててて、天使みたいなんでしょ。悲しみを受け止めなくてゴメンなさい。悲しみを受け止めた権利として泣いたつもりだったけど、所詮は赤の他人の悲劇を利用して自分が善人振る、偽善者の小心者でゴメンなさい。最後の最後で逃げちゃったね。
 
■3月22日 オールスター感謝祭。
 
>おめでとうございます!
>予選の結果、見事本選出場が決定しました。
>本選は3月29日(土)の午後6時30分からです。
 
 TBS系列で年に二回放送される、芸能人が大量に集まる四択クイズ番組。携帯電話からの視聴者参加の予選に挑戦したら、合格通知のメールが。予選参加者は全員本戦出場なんてオチはないですよね。
 
 えっと、5時間の長丁場なのでケータイは充電しっぱなしで参加して下さ…うん、途中で飽きそう。この番組、最初から最後まで通して見たこと無いのに。
 
■3月23日 せんそーはんたぁーい。
 
 今の国際情勢において反対すべきは「アメリカのイラク攻撃」か「日本政府のアメリカ追随」で、「戦争」自体を感情的に否定するのは別問題でしょう。
 日常生活において殴る・蹴るは暴力行為として否定されますが、己の身を守る際には正当防衛と名が変わり肯定されます。どちらも暴力に違いはありませんけど、後者の「暴力」を反対する人はいませんよね。問題になるのは、過剰防衛でなかったかだけです。
 
 外交や政治は現実で動かされるものだから、概念としての戦争を否定するのは筋違い。イラク情勢に乗じて戦争反対を日本国内で声高々に唱えている人々は、物事の本質を掴めない自分を省みない人に見えて、共感に及びません。人が死ぬのは見たくない、平和に過ごしたい、だから戦争は嫌だ!と胸に秘めて静かに日々を過ごす人は、思慮深いと尊敬します。同じ「戦争反対」論者にも、違いがあるってことです。
 
 個人的な満足心の為に大義名分を利用するのは、否定はしません。ただし、自覚していればの話。本当に正しいことなのか、他の意見はどうなのか、独善ではないか、ちゃんと己に問いかけられる強さがあれば。
 
 例えば、電車での携帯電話。喋り声が気になったりメールを打つ姿がはしたなかったり等、車中での使用に対して非常に嫌悪する人がいたとして。そんな時は「俺が気に入らないから止めろ」ではなく「ペースメーカーへの影響を考えろ」と言った方が、説得力がありますよね。普段は老人に席も譲らず辺り構わず大声で怒鳴るような人でも、このフレーズは味方になってくれます。なにせ正しいから。
 しかし、これは心遣いで己を絶対正義に仕立てて、その実は個人的な欲求を満たす手段として利用しているだけ。ペースメーカーなんて本当はどうでもいいのです。この例えを自覚せずにマナーを主張してる人は多いでしょう。そんな人たちはもしペースメーカーにケータイの電磁波が全く影響がないと証明された時、車中の使用を歓迎出来るのでしょうか。その時は絶対に、また違う大義名分が用意されるはず。
 
 程度の差こそあれ、自分を満たす為に大義名分を利用して他者への圧力をかける点と、そのことに自分自身が気付いていない点。戦争反対の話と似てません?
 地球上には数えられない程の悲劇が今も生まれていて、平和で豊かな生活はそれらの悲劇や犠牲の上に成り立っているのが事実。生まれた時と場所によって幸福の度数が決まる、理不尽な世界です。故に地球上の一つ一つの悲劇に、胸を痛めるなんて出来っこない。ただ漠然とした、やりきれなさの中で無力さを感じるだけ。もし痛めてたら、この国でこの生活を送れるはずない。気が狂って自殺しちゃう。
 
 こんな心持ちだから、戦争反対のシュプレヒコールは信じられませんし、あのデモに参加している人を信じません。これは如月さんが、見ず知らずの遠い国の人の生死に感情を揺さぶられては生きてけない程、弱いせいでしょうか。
 
 偏向したメディアに躍らされないよう、特定のイデオロギーに利用されないよう、陳腐で感情的な理想論に流されないよう、己の価値観を大切に守りつつ。物事の本質を見定められる、曇りなき眼を持ちたい。
 
■3月25日 もうリニュなんてしない。
 
 トップページを少し変更しました。壁紙の都合上、今まで445ピクセルに纏めていた横幅を、壁紙変更で590ピクセルまで使えるようになり、DCからだと詰め詰めだったレイアウトがゆったりに。PCは倍の画面幅があるみたいだけど、そんなにあっても持て余すから必要ありません。必要ありませんとも。
 
 そんなこんなで、密かに綴っていた日記をリンクさせる日が来ました。えいや。
 
■3月27日 美容院のお姉サマ。
 
 予約した美容院へ、電車に乗って。今年の初回、パーマは取れてるし伸び放題だからさっさと行きたかったんだけど。正当な理由で渋ってました。
 先月、美容院で指名しているお姉様から退職した旨の手紙が来ており、今回から別の方にお願いしなきゃいけません。また一から髪型のイメージを伝えて、生活状況も慮ってもらえるようにしないと。生活状況とは、職場の決まりやら恋愛やら、自分の置かれてる状況。いつもより短めが良い時もあれば、派手にして欲しい時もあるので。
 
・お姉「最近どうですか?」
・自分「これこれこれこれです」
・お姉「じゃあ今回はそれそれがいいですね」
 
 思えば初美容院の初パーマから2年間もお世話になり、イケてない如月さんを少しはマシにしてくれた方なので悲しいです。ツーと言えばカーの面白い方だったので悲しいです。すらっとスレンダー体型で可愛い系メイクの見目麗しい方だったので悲しいです。悲しさ比は1:1:8です。
 
 新しい担当は、若い女性。カウンセリングがたどたどしいわ、シャンプーだけで10分もかかるわ、カット中も何度もカルテを見直すわ、出来上がるまで不安で不安で。世間話も無し。雑誌を読んでいても暇は暇だし、営業トークでも持ち上げてくれるのは嬉しいし、会話のネタから髪型の印象がシンクロすると思うし。今日読んだ雑誌は述べ6冊。
 とは言え、技術的には問題無し。だから余計に、もう少し話術があればと。次から指名する・指名しない・美容院ジプシーにの三択です。
 
 カット・パーマ・トリートメントで8000円也。正規はカット&パーマで11000円で、割引のある時しか行かなくてゴメンなさい。
 
■3月29日 そんな検索ありですか。
 
 サイトを作っている楽しみの1つが、アクセス解析。膨大な情報網の片隅に存在する場所に、どんな検索ワードが招いてくれたのか興味津々です。
 
 最多はカヒミカリィで、大したことは書いてないのに上位に出ます。そうそう、地元で見付からなかった新譜を無事に買えました。月末締切のアンケートを送らなければ。
 セラニポージ 歌詞も頻繁です。ゲーム内でチェック出来るのに、わざわざ調べる意味とは。
 
 最近立て続けにあったのが高校教師 打ち切りと言う、哀愁を感じさせるもの。視聴率は低かったけど打ち切りではないです、多分。
 不思議なのが国本紗希です。思想系の雑誌に連載している人名ですが、検索結果が数件しかありません。雑誌上でも他の執筆者には必ず顔写真とプロフィールが載っているのに、この方だけは無し。
 
 最後に。この半年で2回だけリボンの騎士 変態なんてあってびっくりしましたが、訪問してくれた貴方が求めるものがここに無いのは確かです。
 
■3月30日 感謝祭の結果。
 
・60問中28問正解
・平均回答時間 5.608秒
・4039位/10000人中
 
 土曜日の結果。賞金はありませんしパケット代で赤字だけど、最後の駅伝でなかやまきんに君チームに投票して正解したので満足としましょう。彼がシモンを抜いた時は格好良かった。
 途中でデータが飛んだり、サーバーに繋がらなかったり、不利はあったけど。即答しても最高で2秒台になってしまうのが、特に厳しい。上位の結果を見ればコンマ秒の成績も多く、これは如月さんの携帯電話のブラウザのせいでしょう。タイムオーバーで回答出来なかった問題の多いこと。
 
■3月31日 儚い女の子の日記。
 
 ゲームセンターと喫茶店の中間みたいな店内に、自分と同年代の男。お互いが存在を妙に意識しつつ、それが交わらないように牽制し合ってる。
 しばらくして、緊張感に耐えられなくなった自分は、男の腕を取って無理に店から出る。男は抵抗せず。次の瞬間には街角のパーラーの座席に横並びで、男の方から「気の毒には思ってたんだよ」と。
 
 その時の自分は、付き合っていた女の子と別れたばかり。真剣に愛していた女の子だったけど、ある事実をずっと隠され騙されていたことがわかって、そのショックでお別れ。隠されていたのは、彼女が二重人格だったこと。新たに生まれた人格が彼女自身で更に、元の人格は男だったこと。つまり彼女、男の体に生まれた女の人格で、治療を受けて治れば消えてしまう。
 外見は女優よりも綺麗で、背丈もちっちゃく可愛らしくて、セックスアピールもあったけど。隠された内容と騙された事実に押し潰され、突き放した。
 
 今、横にいる男が元彼女だった人。もう人格が消えて、外見も性格も男になり、彼女が彼の中にいた記憶は無い。2人は黙り、男が持ってきたファイル帳を覗き込む。それは彼女が彼女として存在していた時分に綴った日記で、唯一の生きていた証。
 
 どんな文章かは覚えていないけど、好きな人と恋愛している今の幸せさと、いつかは自分が消えてしまうことへの恐怖心で埋まっていたはず。「見てられないよ」と男が言う。うん、同じく読めない。
 日記を読めばわかる、もう消えてしまったあの女の子は本当に愛してくれてた。なのに事実を知ったあの時、どうして酷いことしちゃったんだろう。付き合ってたなら守ってあげないと駄目だったのに。あの子が消えてしまった今になって、凄く切ない…。
 
 
 ここで目が覚めました。夢オチでスイマセン、一人称と三人称が混在の変な文章になった理由です。でも、夢とは思えなかったんですこれ。
 付き合っていた女の子がいて、その女の子は多重人格で、男の体に現れた女の子で、付き合っている時は外見も性格も女の子で、事実を隠されていたショックが原因で別れて、そこにいる人物が女の子だった男で、もう多重人格は治っていて、女の子は性格は既に消えていて記憶も無い。以上を前提とした状態から、夢が始まっているのですから。起きてもしばし、夢と現実の境目で迷っていました。
 
 ところで。記憶喪失や多重人格で人格Aが喪失した故に生まれた人格Bが、自らの人権を訴えるとどうなるのでしょう。もし自分の存在を固持したらとどうなるのでしょう。周りの家族や医者は人格Aを取り戻そうとするでしょうが、記憶=人格Aが戻れば自分=人格Bも消えちゃう訳で。
 
 己の肉体を授からず生まれた儚い運命を、享受するしかないのか。そうやって生まれた人格に、本当に恋したらどうするのでしょう。
 
■4月1日 お気に入り〜千原兄弟。
 
 喋る時や書く時についつい使ってしまう、お気に入りのフレーズ。
 
・〜がぎゅんぎゅん
 音楽ゲーム『スペースチャンネル5』の主人公、うららがリポートするセリフ「怪しい気配がぎゅんぎゅんします」から。他に「とりあえず踊ってみたいと思います」や「巻かないで!!」等、語感のセンスが大好きです。続編は買っていません。
 
・いや、もう、これは断じてそういうわけではないのである。
 乙一『失踪HOLIDAY』の主人公、菅原ナオの独白癖。建て前で否定しつつ本音で肯定したい時に使えます。あとがきで著者も変形型を使用。
 
・よーゆーわ、もーよーゆわんわ。
 千原兄弟の新幹線コントが出典で、実生活でも使えます。94年のABCお笑い新人グランプリにおいて演じられ、吉本・コント・面白さの千原兄弟VS松竹・漫才・上手さのますだおかだで、大激戦でした。結果は会場ウケの千原兄弟が優秀新人賞を、審査員ウケのますだおかだが最優秀新人賞を獲得。授賞の瞬間に千原兄弟、喜ばずに「負けた」って顔をしたのが印象的でした。
 
 M-1グランプリ優勝や上方漫才大賞に輝いたますだおかだ、若手と中堅の狭間で燻っている千原兄弟。あの時のほんの少し差が今の差に繋がっているのかもしれません。
 
■4月3日 絵日記。
 
 無気質なテキストばかりでは趣が足りないので、今回はイラストを添えます。DCにスキャナなんてハイテク装置はありませんので、DC専用おもちゃデジカメで撮影しました。危険なので真似しないで下さい。
 
 
おで娘。
 おでむすめ…?ノンノン、おでこです。
 
魔女。
 去年の年賀状イラスト。
 
リボン。
 騎士です。
 
スノウ。
 五代ゆう『機械じかけの神々』の主人公。
 
セラニ。
 今年の年賀状イラスト。全く似てません。
 
 
 こうして並べると、タッチに統一感が皆無。
 
■4月4日 さくらひらり。
 
 如月さんの部屋は5階のベランダ添いで、この時期は裏の公園の桜を楽しめます。普段は花木なんて愛でませんけど、ピンクに彩られる花びらが綺麗なのは認めましょう。
 今の大阪は大雨。一般的には桜に雨は残念がるものだけど、自然の情景で一番好きな色彩です。仲の悪そうな灰色と鴇色が微妙に交わり、風が春爛漫って程ではなくほんのり温い。白黒はっきりさせない曖昧さが好みなんでしょうね。
 
 このサイトの配色も、自転車に乗っている時に出会った灰色の曇り空に桜の花びらが舞う光景が元だと、見ている方に少しでも伝われば幸い。
 
■4月5日 投票権の私的行使。
 
 滅多に無い休日を家で満喫している人。夜勤明けで疲れを癒したい人。ようやく昼寝を始めた赤ちゃんにほっとした人。夢を目指して勉強に励んでいる人。体の調子が悪くて眠っていたい人。
 そんな身近な人々の迷惑すら想像出来ずに、他国の悲劇を憂う説得力なんてあるはずもなく、正しい主張であっても胸に響きはしません。その憂いを何とかしたい一心で主張するなら、まずは私たちの心へ響くような行動から始めなさい。それをしない貴方たちは、大義名分として利用しているだけ。自覚してなければ莫迦で、自覚していれば悪党です。
 
 だから、騒音公害を巻き散らす莫迦と悪党には、絶対に投票しません。
 
■4月6日 悲しいありがとう。
 
 親切されるのは心苦しいので、親切するのが好きです。求めると拒否されるのが怖いので、求められるのが好きです。ただ見返りは期待してます。感謝の気持ちが欲しいです。特に「ありがとう」って言葉が。
 やってくれて当たり前、なんて考える人には何の手間も注ぐ気にはなりません。それがわかると一気に冷たくなってしまいます。とにかく欲しいのはお礼の言葉なんです。
 
 そんな嬉しいはずの「ありがとう」にも人生で一回だけ、ボロボロにさせられたことがありました。
 
 あの時は事実がわかっても何も知らない振りしていて、何回裏切られても最後の部分だけは信じてて、そこさえ裏切られた。貴方は「今までありがとう」の意味で使ったんだろうけど、あの状況だと「利用させてくれてありがとう」「騙されてくれてありがとう」にしか聞こえない。だって、最初の約束や今までの出来事が夢じゃなければ、謝り下手な貴方でも悪く思って「ゴメン」って言ってくれると期待してたから。その期待があったから電話も取ったし、怒りもせず冷静だった。
 言ってくれたら自分の力不足のせいで終わった綺麗な思い出として、大切な宝物に出来たのに。あの「ありがとう」で、積み重ねてきたことも守ってきたものも否定され、つまるところ全部が夢だった。
 
 夢から覚めて、ちょうど一年。
 
■4月8日 コーヒーコーヒーゼリー。
 
 コーヒーゼリーを開封してフレッシュを3個くらいかけます。次にスプーンでゼリーを網目上に切り分け、中心を口に運び空間を作成。そこにホットコーヒーを注ぎましょう。一気に入れずに、スプーンで一杯ずつ。溢れそうになったら注ぐのを止め、食べます。そこそこ食べたら再び注いで、繰り返し。温かいコーヒーに包まれた、冷たいゼリーの喉越しが素晴らしい。
 
 幼稚園児の頃、コーヒーゼリーが好き過ぎて開発しました。スターバックスで商品化されないかしら。
 
■4月9日 お世話になってます。
 
>××サマへ
 画像ファイルのアップロード、何も言わずに手伝ってくれて感謝。お手伝い欲しい時とか愚痴こぼしたい時とかにしか電話しなくて、どう考えても利用してるみたいな感じでスイマセン。普段は生意気に大口叩いてますが、ありがたく思ってます。実はあと少し頼みたいことあるので、ついでにお願いします。
 
>△△サマへ
 2月に続いてまた驚かされちゃった。チャットで訊いてたのこれの為だったんだね、心遣いありがとう。しかもこのフリーペーパーが全面カヒミづくしで、もう心がとろけるチーズ。あと、手描きの2ちゃんキャラが愛らし過ぎて微笑んだ。それに今回のプリクラ、より可愛いかったし。またメールで改めてお礼を。
 
>○○サマへ
 今まで散々破られてきた約束、この前会ってちゃんと善処してくれてサンキュ。しんどい時に頼られるのも嬉しい。しかし、一つ大事な約束を忘れてませんか。人事部の仕事が落ち着いてからでいいけど、早く思い出してね。
 
■4月10日 関西のアリー・myラブ。
 
 昨今の国際情勢のせいで放送日時がズタズタにされてしまった、『アリー・myラブ』第5シーズン。伸び伸びになっていた関西でも、本日深夜の放送でようやく最終回です。元から時間帯が変わりがちな番組で免疫はありましたが、前回の放送で0時15分と予告されていたのに今日確認すれば0時45分に変更と、さっき知りました。
 
 これだとテレビ欄かインターネットで調べる人以外、知る術無し。特に録画派は見逃しちゃいそうで、最終シリーズの最終回にNHKもご無体ですね。
 
■4月11日 色々ゴメンなさい。
 
 明け方の何時間か前から調子の悪かった左目。ずっと霞んだままで、疲れかなと思いつつ眠りました。
 
 昼過ぎに起きると激痛で、涙も溢れます。感動した時にほろりと流したいのに実に勿体無い。目を開いている方が痛みは小さいけど、テレビも蛍光灯も見られない程に光に耐えられません。
 これはインターネットに現を抜かした天罰かも。テキストサイトを読みまくってゴメンなさい、チャットをやり過ぎてゴメンなさい、掲示板に書き込み過ぎてゴメンなさい…と懺悔に明け暮れている内に再び眠ってしまい、夕方。
 
 その効果か目の痛みはすっかり無くなり、早速ネットサーフィンでもしましょう。
 
■4月13日 ケータイのCFその1。
 
 出会い頭に、チャンネルを変えたり録画なら早送りしたりと、嫌われものなCF。だけど、最近は見る側の立場になって「見せる」要素を考えられて作っているのか、お気に入りの作品が増えました。中でも好きなのが、携帯電話会社のものです。
 
 
 まずDoCoMoから「ケータイが、私たちを主人公にする」のキャッチコピー。学生生活の瞬間的な幸せを彩るアイテムとして携帯電話を使っています。特に好きなのは、カメラで初めて撮りたい相手を通学前の駅で待ち伏せる作品。お互い少し照れつつ会話する関西弁に現実味があり、大阪生まれで大阪育ちの者にはニヤニヤ。あと、歌詞は全然聞き取れないけど菅野よう子による曲も素敵で、CDで欲しい逸品です。
 
 続いてauの「最後のメール」編。現在利用中のキャリアだけど、悲しいかな満場一致で宣伝下手な会社でしょう。GPSしかり、着うたしかり、ムービーメールしかり。そんな中で珍しい当たりが「最後のメール」で、耳の聞こえない女性に惚れた男性の1年間を描きます。
 元から聴覚障害者の方に携帯電話のメールが重宝されている現実があり、更に一歩進んでムービーで手話を送り合う発想に感心しました。社会問題として批判の矢面に立ちがちな最新技術こも、コミュニケーションを成長させますね。
 
 山場は二人が喧嘩するシーンにおける、女性の迫真の演技。我侭や行き違いでなくて真の怒りが伝わる鬼気迫る手話は、実際に耳が聞こえない方だそうで、名より実を取って大成功です。ただ、30秒か60秒の長編のみだから、見る機会に恵まれないのが残念。しかも、会社のクレジットが最後に出るだけで、肝心の宣伝効果は…?
 
 
 60秒バージョンの初見で如月さん、涙が出ました。そして、2月のある日ある方と、最近涙もろくなった話をしたところ。以下、会話の流れ。
 へー『その時、歴史が動いた』のベートーベンで泣いた?自分も『プロジェクトX』の骨髄バンクで泣いたよお互い涙もろくなったねぇそうそうCFでも泣いちゃったよ知ってるかなぁあのエーユ…そうそうそれそれ!え、お前も?
 
 泣き虫が自分だけじゃなくてほっとしました。
 
■4月15日 ケータイのCFその2。
 
 前回の続きでJ-PHONEを。短文メールの受信無料や無料通話分繰り越しのCFをよく見掛けますが、登場する女の子同士の喋り方が莫迦っぽくて好きではありません。ステレオタイプな現代っ子を、間違えて映した感じ。お気に入りは家族割引の父親と娘が会話する作品で、ポイントは娘の締め括りの「お宅もぜひ」にです。あの喉元から絞って出しているような可愛い声に、きゅんとします。
 
 残るはTU-KA。イメージキャラクターが前任の浜崎あゆみから今年4月、ダウンタウンの松本人志に変わりました。保守的なブランドイメージとのミスマッチが面白かったので、少し残念はあります。進化の止まらない携帯電話の高性能多機能化を皮肉った「最近のケータイって必死でしょ?」は、auと同じKDDIグループなのに強気ですね。
 
 ところで。ツーカー関西では桂ざこばや中川家を起用していましたが、関東と東海ではどうでしょう。ハマサキのファンだからツーカーって方に今回の人選は辛そう。
 
■4月17日 エッセンシャルオイル。
 
 オイルにお香にポプリ等、贈り物として便利な香り系のアイテム。消耗品だから被っても困らないし、たくさんある香りから選ぶ楽しみもあるし。プレゼント用ばかりなのも悔しいので、最近は自分用にも買い始めました。アロマポッドでオイルを焚きつつ音楽聞いたり文章書いたりの一時は、骨の髄まで庶民の如月さんの心はもう貴族です。安上がりな貴族です。
 
 その一時に欠かせないエッセンシャルオイルは、大型雑貨屋のロフトで買うと一瓶3mlで600円もします。財政緊急事態の如月さんがそんな大金を出し続けられる訳もなく、ほどなく庶民の味方の100円ショップに助けを求めました。
 100円ショップならたったの100円で、一瓶10mlも入っています。香りの種類は少ないけど、安いので色々と試せるのも嬉しい限り。焚いてみれば、確かに香りの濃縮度が話にならず、心は貴族より商人寄りです。とは言え、値段が1/6で容量が10/3と、圧倒的価格差で得した気分に浸れました。だからこそ商人っぽいのかも。
 
 オイルにも香りにも満足な買い物でした。安上がりな自分に感謝です。
 
■4月18日 おはようCECIL。
 
 関西ローカルの早朝番組のオープニングで流れているらしいCECIL『楓樹の街』を、今日は珍しく早寝早起きしたのでチェックしました。うん、本当に流れてる。CDで好きな時に聞ける曲でも、テレビやラジオから流れてくると嬉しいのが不思議ですね。
 
 オープニングに採用された影響で地元にCECILのCDがお店に入荷した、なんて噂はありません。
 
■4月20日 Serani into dreams.
 
 夢を見ている時、不意に聞いたことの無い音楽が流れたら。それはそれは素敵な歌や魅力的な旋律で、夢を自覚していれば目覚めても忘れないように努めます。でも、99%は失敗。あんなに胸踊らされた名曲が二度と聞けず、自分の頭が勝手に作ったはずなのに滑稽です。
 ところがどっこい、今回は成功しました。セラニポージの新譜として流れ、雰囲気は『Octopus Daughter』みたいに悲しさを健気な可愛さで覆い隠して、その可愛さがまた悲しさを引き立てる感じ。具体的な歌詞を可能な限り綴れば。
 
・パパとママ
・これとほぼ同じテレビを見てる方へ
・みんななのが嫌なの
・死ね
・おめでとう
 
 以下、感覚で解説。実親でない両親に虐げられている女の子の一人称。「パパとママ」は『Octopus Daughter』と被ります。「これとほぼ同じテレビを見てる方へ」は、自分のような境遇をテレビの中でしか知らない幸せな人の意。それが「みんななのが嫌なの」と続きます。
 女の子はそんな辛い状況でも卑下せず無理せず、等身大の前向さで生きていて。可愛い故の悲しさに切なくさせられる曲…でアウトロに入りますが、このまま終ってくれません。彼女に対して誰からか「死ね」と発せられるのです。温もった心を見事に打ち砕くダークさに、夢の中で「ササキトモコらしい」と感心してました。
 
 最後の最後、「おめでとう」で閉じます。これの意味は夢の中でも掴めず、少し考えて。流石に「死ね」で終わりは救いが無いから、幸せになった未来の彼女の暗喩なのかなと思いました。
 メロディも僅かに覚えており、携帯電話の音声メモに録音しました。それで改めてメロディを追うと、SONYのCFソング『HAVE YOU NEVER BEEN MELLOW』のAメロに似てはいるけど他にピンとこないので、夢の中で初めて聞いたのは確かですね。
 
 作曲したくても出来ない人の夢の中で曲が生まれるなんて、不思議なメカニズム。
 
■4月22日 第1次審査通過。
 
 昨日手紙じゃなくて封書が届きました、ふるさとの猫の森じゃなくて応募した出版社から。思わず谷山浩子『ねこの森には帰れない』を唄ってしまった封書の内容はこちら。
 
>この度は、第20回新風舎出版賞にご応募いただき
>ありがとうございます。
>さて、先日行われました「第1次審査」の結果、
>貴殿の作品は「第1次審査」を通過しましたので
>ここにお知らせ致します。
 
 素直に喜んでいいの?この手の投稿の経験がほぼ無くて疑いたくなるけど、第1次審査通過と応募者に通知するのが社交辞令だったりしません?思い起こせば高校生の時に送った童話賞、見事に「惜しくも第1次審査で落選」でした。これが唯一の投稿経験だから今回は「第1次審査通過初めて記念」です。
 
■4月24日 夢の無限回廊。
 
 またまた夢について。元々は夢日記を書こうとしていたからで、あまりに刺激やイベントの少ない生活を送っていて、ネタが足りないせいではありません。
 
 何度目が覚めても、そこはまた夢の中。夢の中で夢を見るのは珍しくありませんが、1回2回起きても夢の中で、3回4回起きても夢の中で、5回6回起きて嫌な夢だったと思ったのも夢で、7回8回起きて現実に戻ってきたのを実感しても夢で、9回10回起きてようやく本当に目覚める。
 騙され上手な如月さん、その頃には何も信じられなくなっているので、本当に目覚めても実感がありません。またこれも夢と思います。寝起きの良さには自信あるのに。
 
 さっき約2時間眠った時、この無限回廊に。夢にまみれて虚ろな頭を誤魔化しつつタイピングしています。ここが夢の終着点だろうけど、今もまた夢だったなんてオチなら美味しくて最高です。
 
■4月25日 pal@popTシャツ。
 
 pal@popのプレファンクラブ入会先着順でプレゼントされたTシャツを、写真に撮りました。4月3日分と同じくドリームキャスト用のおもちゃデジカメなので、画質は期待しないで下さい。
 
Tシャツ表
 色は選べなかったものの、無難なグレーで一安心。
 
裏は鏡文字
 裏です。鏡文字がqoq@lsq風。
 
袖にはヘッドホン
 袖にはお馴染みのヘッドホン。
 
記念撮影
 pal@popのCDと記念撮影。
 
サイズはL
 希望のサイズなのに…
 
比較すると…
 他のLサイズのTシャツと比較。凄く小さい。
 
■4月26日 あの世へのアクセス。
 
>われわれは皆あの世でもインターネットに
>アクセスできるのではないか、
>という願いが込められているのだろう。
 
 HotWired Japanの4月22日付「制作者本人が死亡したウェブログはどうなる?」からの引用。交通事故で亡くなった人のサイトに数々寄せられるメッセージに対しての締めで、素敵な発想ですね。自分が発信した情報を誰が見るのかわからない世界だからこそ、意中のあの人も見ているのではと希望を込められると。例えそれが、死者だったとしても。
 
 この記事で考えさせられたのは、死後の世界。死後は誰しも無になると思っていて、幽霊も信じません。金縛りは頻繁だし心霊現象の体験もあるけど、非現実的な「幽霊の仕業」より「勘違いか幻」の方が何倍も納得出来るので。
 だけどもし、死後の世界があると仮定して。どんななのか想像すれば…そこは、時間を感じさせない悠久が支配していて、遠近の区別も無い空間。無限の広がりを持ち、様々な感情や想いが互いに干渉せずに浮かんでいる。思考の自由が与えられ、己の自由が他者の自由を侵害しない精神の楽園。
 
 何となく、インターネットに似てます。もしや、あの世でもインターネットにアクセス出来るのではなくて、インターネットこそこの世からあの世にアクセスする方法なのかも。
 
■4月28日 第2次審査通過。
 
>先日お知らせをした「第1次審査」に続き、
>「第2次審査」が行われました。その結果、
>貴殿の作品は「第2次審査」を通過しましたので
>ここにお知らせ致します。
 
 第1次審査通過から一週間、また嬉しい知らせ。1次審査はリップサービスだと疑っていたので、今度は素直に喜びます。最終結果は6月なので、まだまだハードルはあるんでしょうけど。賞への応募は今回が初めてだし、今の段階でも幸せです。
 
■4月29日 ココアまみれ。
 
 ココアを飲もうとしました。コップにココアの粉を入れて、冷たくても溶けるやつなのでミルクの紙容器を冷蔵庫から取り出せば…めちゃめちゃ軽い。
 とは言え、冷蔵庫の中にあるのだから、コップ一杯分くらいはあって当然です。メンズビオレの洗顔フォームなんて、無くなりそうな予感がしてから余裕で一月とか持ちますし。沈着冷静な如月さん、落ち着いてミルクをコップに注ぎます。
 
 ちょろ。一口分しかありません。混ぜても粉が全然溶けません。飲物じゃなくて粉物です。せめてちょろちょろとは出ましょうよ。甘い物大好きっ子としては、濃くても美味しく飲めるのに。こんな微量だけ残して冷蔵庫に入れたの誰やねん!と犯人探しをしてみれば、あまりにお約束だけど自分でした。
 
 コップの粉物は責任持って処分しました、胃の中に。超激甘。甘い物好きの名を返上します。
 
 
  
■5月1日 94年5月1日。
 
 重体。
 
 普段と変わらぬ朝に歯磨きしながら読む新聞の一面に、衝撃の見出し。昨日の死亡事故だけでも痛ましいのに、まさか。でも、まだ落ち着いていました。神様を見たと公言する程の人だし、大の負けず嫌いだからライバルたちに負けたままで逝かないよね。
 そんな楽観的に登校して、そこで友人に現実を知らされました。他紙には既に死亡記事が出ていたって。校内には泣き崩れている女子までいたそうですが、それでも自分は何となく空虚な気分になるだけで、悲しさはありませんでした。実感させてくれたのは、深夜に延々と放送された追悼番組。現地からの涙ながらの中継と、事故後の実況に溢れる悲壮感で、ようやく起こった出来事の重大さを実感しました。
 
 もう、あの走りは見られないんだなって。
 
■5月5日 ユーツなのよさ。
 
 表に出れば春麗らかな陽気を通り越して、初夏の賑わい。暑いの大嫌いな如月さんは憂鬱です。
 
 第1に例の害虫が出るから。あの気持ち悪い下等生物のせいで、夜は落ち着いて過ごせまん。夜行性の生活スタイルを変えたところで、睡眠中にこっそり手込めにされたらどうするのですか。幽霊やお化けより怖いです、そっちは怖い以外の実害が無いし。
 第2に汗をかくから。肌の弱い者には天敵で、こまめに清潔にしないと酷い湿疹にやられてしまいます。昨年は猛暑で足から手の甲まで悲惨にやられ、外出時に半袖を着られませんでした。
 
 始まる前から終わりを願う、それが自分の夏。
 
■5月6日 ことり占い。
 
[お姉さん]
 ようこそいらっしゃいました。ここではお客さまの運勢や恋愛などを、ことりちゃんが占ってくれます。そうだよね?ことりちゃん。
 
[ことり]
 (パタパタ)
 
 
・如月 弥生さんの性格
 貴方は物事の判断力に優れ、鋭い直感力で人生を切り開いてゆくタイプです。頭の中であれこれ考えるよりも、インスピレーションで行動する場合が多いでしょう。内弁慶なところがあり親しい人には本当の自分をさらけだしますが、外見にあまり喜怒哀楽は表しません。人を思いやる気持ちが人一倍強く、困っている人がいると一早く救いの手を差し伸べようとする優しい心の持ち主です。
 
・如月 弥生さんの気質
 魚座に月のある貴方は、思いやり深く困っている人を見るとほっておけない性分です。そのために自分の時間や労力を割いて奉仕することもいとわないと考えます。その人情味あふれる人柄、慈悲深さで多くの人に慕われます。ただ理性的に考えることが苦手で、感情によってのみ行動して判断を誤ることもあります。理性と感情のバランスをとることを心がける必要があるでしょう。
 
・如月 弥生さんの恋愛運
 貴方は、日頃から常識をよくわきまえている女性が好みです。恋愛においては常に恋のTPOを気にして、自分が置かれている立場や状況を考え恋愛に踏切るタイプなので、リスクの多い恋愛を避ける傾向があります。また愛情表現も上手とは言えず消極的な性格のため、相手から誤解されることもよくあるでしょう。本当に愛している女性には、もう少し積極的な愛情表現をするように努めて下さい。
 
・如月 弥生さんの対人運
 貴方の周囲では詐欺的なことや陰謀めいたことが、大変起こりやすい傾向にあると言ってよいでしょう。友好的な態度を装って近づくものや正体のはっきりしない相手に対しては、細心の注意が必要です。ただ、全ての人がそのようなことを企んでいる訳ではないので、見極めが大切です。友人を得ることが出来たならば、洗練された精神的に価値のある結びつきになるでしょう。
 
・如月 弥生さんの才能
 才能を示す水星が魚座にあるため、物事に大きく心を動かされることが多く、詩や小説を読んで涙を流すことも多いのではないでしょうか。また、行動する時も多分に周囲の状況を見てその場で動いてしまうことが多く、深く考えて動くことは少ないと思います。そんな貴方ですから、その感じやすい性格が活かせる創造的な仕事をするといいでしょう。最も向いているのは、福祉・芸術関係です。
 
・如月 弥生さんの金運
 貴方はあまりお金に困りません。ラッキーな収入も多いですが、ギャンブルなど運に頼るような稼ぎは好みません。大半はあなたの財的手腕で稼いだものです。公正を望む貴方の態度は、周りからも好感を持たれ信用に繋がります。友人間だけでなく社会的にも信用が高く、金融機関からの融資を取りつけたり取引を行ったりしても、確実に成功出来ます。
 
・如月 弥生さんの健康
 貴方はしばしば運動不足になっていませんか?貴方がたまに病気になる原因の一つは運動不足です。滅多なことなのであまり気にしていないでしょうが、病気になると治るまで時間がかかるはずです。貴方は旺盛な食欲なので、栄養を取ることで健康を維持しようとしがちです。適度の運動は、栄養をとるよりもよほど健康的なことが多いのです。
 
・如月 弥生さんの結婚運
 貴方は秘密結婚や内縁結婚、時には重婚者との結婚という事態を起こしがちです。しかし相手には責任感がないため、酷い失望を味わうのは貴方です。自分から関係を断ち切るよう努めましょう。貴方はいたって淡泊で、SEXも知性で行います。基本的には夜のベッドの中以外でのプレイは拒むでしょう。ただそれが相手に不安を与える原因にもなるので、あまりこだわらないようにしたいものです。
 
 
 けっこう当たってます、ことりちゃん。侮れないです、ことりちゃん。特に「既婚者との重婚」でなく「重婚者との結婚」と言われているのが因業深い。
 
■5月7日 自殺志願サイト。
 
 例えば、新婚旅行へ向かう飛行機が墜落して亡くなった夫婦がいたとしたら。気の毒に思いつつも「愛し合う二人が共に召されたのは不幸中の幸い」と感じます。
 
 例えば、直下型の大地震が起きたのに死者の数が一桁だったら。その数だけ深い悲しみが生まれているにも拘らず「規模の割に被害が少なくてほっとした」と感じます。
 
 例えば、自分にとって生きにくい世界や耐え難い悲劇に心が負けて、自殺を選んだ人が三人いたとしたら。誰も知れないまま個々に死んでしまうより、三人集まって一緒に生命を絶つ方が「最期にわかりあえる人たちと、少しでも淋しさを共有出来て良かったね」と感じます。
 もし、この三人が知り合わなかったとしたら、生きていたでしょうか。そんな莫迦な。その時は三人別々に同じ道を選択しただけでしょう、互いの存在を知らずに、孤独に。
 
 本当に守りたい大切な存在がいるならば、自殺志願者の出会いの場所を無くしてもどうにもなりません。むしろ、同じ傷を抱えた存在を知って励まされたり自己肯定が出来たりと、実際には抑止力が働くでしょう。そうならなかった場合も、死の瞬間にほんの僅かな救いを与えています。どうせ死んでしまうのなら、せめて救いのある死に方をして欲しい。それまで奪うなんて酷くないですか。
 だから。マスコミ沙汰になる度「規制だ」と騒ぐ有識者は、皆を助けたい一心で言っているようには聞こえません。「気持ち悪い、理解出来ない、規制しろ」みたく、非常に短絡的な思考にしか感じられません。
 
 理屈で人は救えないのです。
 
■5月9日 だから夏は嫌いなんだと。
 
 残念です。何かと言えば、サントリーの和茶のCFが、春仕様から夏仕様へ変わってしまったこと。背景から女の子の頬まで全部が鴇色に染まっていて、「好きな色はピンク」と言える者にとって最高の映像だったのに。夏バージョンは男の子視点なのでどうでもいいです。主演の女の子が可愛かったのに今回起用してないのが酷いと、内心思っています。
 
 まだ5月なんだし、春から切り替えるのは早いと思いませんか。だから夏は嫌いなんです。
 
■5月11日 幸福・愛情・信頼。
 
 ここに、真っ白なキャンバスがあるとします。
 
 キャンバスにとっての幸せは、見るも鮮やかな色彩で着飾ること。逆に不幸せは、真っ黒に塗りたくられてしまうこと。
 
 どれだけ美しい色を着せていたとしても。もし一度でも黒に染めてしまえば、後でいくら綺麗な色を重ねて塗ったとしても黒のまま。キャンバスは取り返しがつかない、危うい壊れものです。
 
 ただ、取り返しがつかなくなっても。本当にキャンバスの幸せを願う人にはたった一つだけ、やり直す方法があります。
 
 それは、全てを白に塗り直すこと。今までの手間や努力を無に帰して、最初から始めるんです。
 やり直すのって、大変だと思います。だけど、大変なのは塗る方も塗られる方もお互い様。それに、これを拒否している内はどんなことをしてもキャンバスは幸せになりません。だから「本当に」幸せを願っている人にしか出来ないでしょうね。
 
 貴方は黒を白に塗り直さないまま、無理やり別の色を塗ろうとしていませんか?
 
■5月13日 吹奏楽部の先輩。
 
 今でも尊敬しているのが中学の時、吹奏楽部だった3年の先輩方。たった2年しか歳の差は無い、人としての器の大きさが全然違いました。
 
 先輩が全員女性だったせいもあるんだろうけど、泣いている姿ばかりが印象に残っています。合奏で上手に合わずに泣いて、ソロをカットされて泣いて、退部する人に泣いて、コンクールで代表になれなくて泣いて、代表になれてもっと泣いて。
 情けない?いいえ、それだけ部活に打ち込める人たちが揃っていたのです。自分はと言えば「コンクールなんて代表になれない方が練習楽だしいいやん」なんて罰当たりな奴で、当時の先輩方の意気込みは理解出来ませんでした。結局2年の秋で辞めましたし。
 
 あれから年月は随分と過ぎて、大人に見えていた先輩方の年齢をとっくに追い越したけど。未だ泣くほど打ち込めるものは見付けられていません。24歳になった自分にとって、15歳の先輩はやっぱり先輩のままで。きっとこのままでは永遠に追いつけない、とても大きな存在です。
 
■5月15日 子育てパラドックス。
 
 健全な精神を持つ親は、自分の子どもが幸せに過ごせるようにと願います。自分を犠牲にして他人を思いやる優しい心の持ち主よりも、余所様の迷惑なんて一切考えずに自分勝手な行動を出来る人の方が、この世は生き易いです。よって、子どもの幸せを願う親は、我が子が自己中心的な大人に育つように教育します。
 
 意外と否定しにくい三段論法。
 
■5月16日 忘れてないよ。
 
 昔作っていたサイト繋がりの知人で、何度か手紙や贈り物をやりとりした人がいて。忙しさのせいで交流は減っていき、今や音信不通です。そんな人の存在は案外忘れないもので、いつか帰って来るかもしれないしと、放置されていたその人のサイトは覗いてました。元気に戻って来てくれたらまず最初に、そこで報告してくれるはずだから。
 だけど、そんな一方的な待ち合わせ場所も今月、サーバーから強制削除された様子。無料サーバーだから当然だし、むしろ無料サーバーだからこそ今まで消えなかった訳だけど。見慣れた場所に見慣れぬサイトがあるのは、切ないです。
 
 これと同じく、見守っているサイトが幾つか。それが自分だけでなくて、少なからずの人が同じように見守っていると最近知りました。そんな待ち人の心模様が、待たせてる人に届けばいいな。
 
■5月17日 ユメヲミタミタイ。
 
 高額納税者が発表されました。「赤川次郎も最近は…」とか「茶・華道家はどうやって儲けているか」なんて思いつつ新聞を読み進めていたら、近畿地方の芸能関係部門にこんなお名前が。
 
> 8位 AZUKI七    作詞家
>    (ガーネットクロウ)
 
 この文字列には見覚えが…って、これGARNET CROWのAZUKI 七のこと。『夢みたあとで』が売れたとは言え、超大ヒットとまでは言えないのに。流石に如月さんを見初めさせた方です。何せ『SPARKLE』の歌詞カードで一目拝見して「この人えらい可愛い!」と思いましたし、ライブ映像がテレビで流れた時はヴォーカルそっちのけでキーボードばかり見ていました。
 
 いつか同じ「作詞家」の肩書きで、リストに自分の名前が載るように夢見ます。
 
■5月18日 五代ゆう著・晴明鬼伝。
 
 全然知りませんでした、五代ゆうの新刊が出てたいなんて。しかも、角川ホラー文庫からとは不意打ちです。あまりのレーベル違いに、購入前に著者略歴をチェックしてしまいました。公式サイトも消えて久しく現在の活動が不明な分、新刊との出会いはほっとします。「また5年待たされる予感が」と書いてゴメンなさい、今回は3年で済みました。
 でも、よく考えれば『<骨牌使い>の鏡』の後に『ヴァルキリープロファイル (上)』が2000年12月に発売されていて、あの記述はミス。ちゃんと買って読み終えている本を忘れるとは。
 
 それにしてもホラー長編は心配。彼女のホラーと言えば『異形コレクション』に収録の短編5作品を読んだものの、表現方法や言葉が不必要に難解で、読者を置き去りにしてしまいがちなので。好きなのは『13 俳優』収録の「遍歴譚(バラッド)」くらいです。これは主人公の痛々しい健気さとそれを包み込む悲しい救いに泣かされ、今でも読み直します。
 もちろん、泣けたのは物語に胸を打たれたからですが。本作は普段の文体ではなく、小難しい単語や重厚な比喩に捉われず飾り気無しに仕上げて、実に読み易い。その助力があって素直に泣けたし、読み返す気にもなれるし。物語の価値は読者がいてこそ高まるので、最大限の力で最大限の表現をするより、最大限の力で最小限の表現をする方に注力して欲しいですね。
 
 前やってた書評サイトみたいな文章を書いてみました。書いた本人も懐かしい。約600ページの長編、最後まで読ませる出来なのか楽しみです。
 
■5月20日 空耳ってみよう。
 
 注意力散漫なのか想像力豊かなのか、歌詞をよく空耳ってしまいます。
 
 
・水中メガネ (Chappie)
(正)♪水中メガネで記憶へ潜ろう
(誤)♪水中メガネで記憶へ戻ろう
 
 「ぐ」の発音が濁っているし歌詞も繋がってるし、不可抗力でしょう。
 
・勇気のでる歌 (セラニポージ)
(正)♪少女のすべすべの腕に
(誤)♪少女のスペースの中で
 
 気付くまで3年掛かりました。でも、そのお陰で出来た作品があったり。
 
・胸にアイタ穴 (セラニポージ)
(正)♪ネコが住んでる公園の土で埋めましょう
(誤)♪ネコバス生んでる公園の土で埋めましょう
 
 あのササキさん家のトモコさんでしょ。正じゃ普通過ぎて誤の方が彼女っぽい、と己を正当化したい。
 
・music controller (capsule)
(正)♪音と音を調合したら
(誤)♪音と(〜意味不明〜)こうしたら
 
 歌詞カードに無いし聞き取れないと思いきや、この曲をご存じの方に質問したら即答でした。
 
■5月22日 捨てられないレシート。
 
 如月さんは重度の捨てられない病です。本にゲームにCD等、どれだけ不要な物でも処分は気が引けます。だって今は不必要でも、いつか必要になるかもしれない。年月が経ってもさして色褪せない上記アイテムは、同じように捨てられない人は多いですよね。
 如月さんの重症さが窺えるのは、本の帯や新刊案内、携帯電話やクレジットカードの明細及び同封の冊子、果てはレシートや紙切れまで保管対象なところ。だって今は不必要でも、いつか必要に…って、わかってますわかってますとも。だけど、今まで十年以上保管してきたから、捨てるには気合いが必要です。
 
 それでも、流石に紙切れだけでダンボール3箱分の分量にもなってくると、収納術に自信を持つ如月さんでも唸ってしまいました。そんな訳で一念発起、要る物は置いておけばいいんですもんね。そんな簡単なことがどうして出来なかったのでしょう。
 本好きとしては帯や新刊案内は捨てられず、読み返さない冊子類を処分。うん、これだけで結構減った。あとダンボールの中に残っているのは、レシートの山だけです。
 
 ほとんどのレシートには日付と時間が印刷されており、昔を懐かしむに絶好の道具。買った品物名だったり、注文した食事だったり、入退室した時間だったりを見て、「これあの時に買ったんだ」とか「そう言えばこんなの食べた」とか「昼間っから4時間も唄ってる」とか、思い出に浸れます。
 一つの記憶を思い出せば、そこに引き寄せられてまた一つの記憶が蘇り。懐かしい幸せ気分に包まれることもあれば、忘れていたい記憶に心を刺されたり。レシートの束はまるで、書き綴った日記のようです。
 
 ずっと大切に残してきたレシート。全部に目を通して、全部の思い出に浸って、全部を捨てました。
 
■5月23日 レオンで泣きたい。
 
 金曜ロードショーで観て、直後にタイピング中です。半泣きです。
 
 物語に不自然だったり理屈に合わない箇所が多い割に、素直に感情移入しちゃうのは映画として上出来の証拠ですね。絶望→希望→絶望→希望と明暗を繰り返すクライマックスが最高だけに、絶好の着地地点であるエンディングロールのカットは勘弁して。テレビで観るのは3回目だからわかってたけど、マチルダの最後の台詞で暗転してがっかりしました。
 
 よし、すぐにビデオで『レオン完全版』を観よう。
 
■5月26日 がつごおり/がつごうり。
 
 「がつごおり」って言葉。頭に浮かんで以来、確実に聞いたことも口にしたこともあるにも拘らず、意味と出典がわかりません。
 どこかの方言か。いやいや、「こおりやま」で「郡山」だし地名かも。試しにケータイに入力して変換してみましょう。地名だったら漢字になるはず。結果は「月氷」で、地名ではないっぽい。尚、如月さんの携帯電話は「しんさいばし」を「審査伊場氏」に変換する為、実は当てになりません。ドリームキャストのブラウザでも「心斎橋」なのに。
 
 そんな訳で、困った時は検索に限ります。しかし、まさか「がつごおり」の正体がこんなだったとは。ついでに、「がつごうり」でも検索してみると…件数は拮抗していますが、どちらが正しいのでしょう。
 
■5月27日 青春アドベンチャー。
 
 日の目を見ない場所に放置していたカセットテープが、約20本。持ち物を減らしたい如月さん、先日に続いて不必要な物は捨てようの精神で、何が録音されているかをチェックしつつ整理しました。早送りで端折りながら聞けば、大半が昔のラジオの録音。ラジオっ子だったのでリアルタイムで聞けない分を録音して、そのまま残していたと。
 特に懐かしいのが、NHK−FM『青春アドベンチャー』各話の最終回。平日22時45分から15分間を2週続けて1シリーズが完結するラジオドラマで、聞いていたのは92年から約1年でした。ラジオ欄に目を通したら、今でも続いていますね。ざっと確認したところ、以下の作品が現存。
 
 
・東京防衛軍 原作:よしもとよしとも
 友人に勧められて初めて聞いた作品。ラジオドラマで笑わされたのは、後にも先にもこれだけです。
 
・あたしの嫌いな私の声 原作:成井豊
 最近にキャラメルボックスが舞台化して、原作も手に入り易いようです。ネット上には「私」「あたし」「わたし」の表記が混在中。
 
・星虫 原作:岩本隆雄
 こちらも数年前に再販されました。店頭でいつも迷って、結局読んでいません。
 
・超能力はワインの香り 原作:藤井青銅
 一昨年に原作を新古書店で見付け、そのレーベルと著者に驚きました。
 
・北壁の死闘 原作:ボブ・ラングレー
 選曲が格好良い。特にエンディングが好きで誰の曲なのか知りたいけど、どう調べればいいのやら。
 
・都会島のミラージュ 原作:寺田憲史
 大人に背伸びした青年の物語。寺田憲史は現代ものより、ゲームのシナリオで有名ですね。
 
・サラマンダー殲滅 原作:梶尾真治
 三週間放送。その割に出来が洗練されてなくて面白くありませんでした。
 
・マドモアゼルモーツァルト 原作:福山庸治
 当時は気付きませんでしたが、最終回でお約束のスタッフ紹介に、小室哲哉の名前が。
 
・わたしは真悟 原作:楳図かずお
 中盤の「333から飛び降りろ」と最後の「愛」だけはっきりと覚えて、他はさっぱり忘れてます。
 
 
 聞き直した印象は、総じてクオリティが高い。特に演技力が秀でていて、演技に過剰さや拙さが目立つテレビドラマとは比較になりません。ラジオドラマの命とも言える声には、ザッピング中の手を思わず止めてしまうような、耳を惹きつける色気を感じます。
 
 そんな『青春アドベンチャー』の録音たちに埋もれて。もっともっと、懐かしい番組を録音したテープが見付かりました。長くなったので続きは次回に。
 
■5月28日 若かれしダウンタウン。
 
 昨日の続き。そのテープに録音されていたのは、ダウンタウンのラジオでした。時期は非常に古くて、如月さんが小学生の頃。声の若い2人がアシスタントの女性を交えて、今と同じノリのフリートークを。雰囲気だけでも再現すべく、テープ起こしをします。
 
 
※浜=浜ちゃん 松=松ちゃん
 ア=アシスタント ス=スタジオ全体
 
浜:「放送なんかでも、もしそういうのをぽーんとゆうて聞いたところで、えっ?とは思わへんわね」
松:「思わへん思わへん、全然平気やね」
ア:「(笑)」
松:「多分みんなね、10人中8人ぐらいは嘘やね。ホンマは別にどーも思ってへんねんけど、そうゆわな自分が綺麗に見えると言うか、ただの見栄でしょうね。うん、絶対にせやと思うわ」
浜:「うーん」
松:「俺は10人中8人の残りの2人の内の1人やね絶対に」
浜:「(笑)でも、汚い話すんのもどうかと思うやん。もの食べてる時にしてもやな、そんな話が出る訳ないとこで出てくるゆーのは、やっぱりえ?って思うやん」
松:「そうかなぁ俺は平気やなぁ」
浜:「ゲーとか」
松:「別に平気やで、そんなん?」
浜:「ウソぉ?」
ア:「小さい時から言われませんでした?お母さんとかお父さんに。ご飯食べてる時はそんな汚い話しなさんなって」
松:「いや言われたけど、全然そんなん思えへんもん。されたって嫌じゃないもん。全然」
浜:「あ、自分よう言うがな。何の味やったか知らんけど、ゲーの味するやろって」
松:「おん、ミックスジュースとかゲーの味するやろ?」
浜:「だからそれが飲んでる奴にしたらかなわんがな!それをゆーてるやん!」
ス:(笑)
松:「え、ホンマぁ?」
浜:「そりゃそうや。本人飲んでるのに「お前それゲーの味するやろ?」はちょっとないやろ」
松:「俺、そんなんミックスジュース飲んでて「ゲーの味するやろ?」言われたら「おーん」ゆうてどうってことないよ?」
浜:「(笑)」
ア:「今、誰か飲んでたら可哀相じゃないですか」
松:「まぁみんなエエ格好やと思うね」
浜:「そうかねぇ…大阪市東住吉区のペンネーム、ダウンタウンのサイン欲しいから頂きました」
 
 私はお出かけしました心斎橋へ。私と友達で心斎橋二丁目劇場へ『4時ですよ〜だ』を見に行った帰りのことです。
 友達と喋りながら駅に向かっていると高校生くらいのアベックがいて、その二人は仲良さそうに喋っていたんです。そのアベックの横を通り過ぎようとした時、パシっ音がしたのでびっくりして見てみると、男の人が女の人のほっぺたを叩いていたんです。そして女の人は泣きながら向こうへ走っていきました。
 一瞬ドラマを見ているような気がしました。松本さんや浜田さんや西さんは、彼女や彼氏を叩いたり叩かれたことがありますか?
 
松:「出ましたねぇ。こーゆーのんて、たまに見かけるね」
ア:「見かけますか?」
松「見かけるね、たまーに。最近頭に浮かぶのは梅田でね、地下の繁華街でね、結構人のおるところで女の子がね急に「もう着いてこんといてゆーてるやんかぁ!」とかゆーて、ほんな男が手ひっぱって「来いや来いや」「やめてーよ!」とかゆーてね、そんな言い争い見てましたけどね。たまーにあるね」
浜:「昔ね、ちょっと前ね。僕ら二人余興行く時にね、待ってたところにおった訳。車をね、夜。ほな向こうから女の人が、何かガー文句言いながら服バー脱いで、ブラジャー一丁になって「こんなんいらんわ!」って言ってバーほって。後ろから男が追いかけてきて。その男が買うた服なんか知らんけど。目の前で…知らん?覚えてない?」
松:「自分それ夢見てたん…俺知らんわ」
ス:(笑)
浜:「ちゃうちゃう、鹿島兄さんの余興。言うてもラジオの人にはわからへんけど。チャップリンとかゆー寝屋川の余興ね。バスで行く前に、ちょっと雨降っとって」
松:「ほな俺寝ててんや車の中で」
浜:「違う違う違うみんな外で待っとったがな…あ、違う違う自分、車止め直しに行っとってん」
松:「せやろ俺知らんもん。そんなインパクトのある話」
 
 〜中略〜
 
ア:「何か、女の子どついたりしたことありますか彼女とか?」
松:「浜田はあるやろ」
ア:「(笑)あります?」
浜:「え?俺はないよ」
松:「嘘つけ、アホ(笑)」
浜:「いやホンマやて(笑)」
ア:「嘘やー嘘やー」
浜:「ないって」
松:「あるある、そんなもん絶対ある」
浜:「いや、昔一回だけある」
ア:「やっぱりあった(笑)」
松:「どんなんどんなん?」
浜:「え?だから何か知らんけど喧嘩になってね、あんまそれまで手出さへんかったけど、腹立ったんでしょうね多分。何考えとんねんこらお前は!とか言うて、最初はパーンいってもうてんけど」
松:「うんうん」
浜:「それでまた、どつかれた後の顔がまた腹立ってんやん」
ス:(笑)
松:「あるある(笑)」
浜:「あるやろ?何やお前その顔はゆーて、パチキ入れた」
ス:(爆笑)
松:「ムチャクチャすんな(苦笑)」
浜:「髪の毛掴んで、ガーンゆうて(笑)」
ア:「ホンマにやったんですかそれ?」
浜:「うん一番酷いのはそれですわ。それ以外は僕、そんなんグーでどつきまわしたりはせーへんで」
松:「俺もその、グーで殴ったとかそんなんは一回もない」
浜:「それはないよ」
松:「ただ膝蹴り腹に3発」
ス:(爆笑)
松:「腹立つ時ってあるからね、いや、それはねあの〜(笑)」
浜:「お前それやりすぎやで!(笑)」
 
 
 『4時ですよ〜だ』や「余興」に時代の流れを感じるけど、トークに古さは感じませでした。
 
■5月30日 感情より、理屈より。
 
 感情には流されたくありません。己の常識や無知は時として人を傷付けますが、無意識なら特に始末が悪いです。だから、どんなことにでもちゃんと客観的な視点や正しい知識から結論を導き出して、自分に理解出来なくても偏見を持たずに接したいのです。
 理屈には捉われたくありません。理想論や一般論は否定し難いけど、今悲しんでいる人を今救う力は持っていません。そんなものに縛られて行動出来なくなると悔しい。だから、自分が自信を持って逆らえる理屈には、精一杯逆らっていきたいです。
 
 つまり、どっちつかず。
 
■6月1日 おっちょこちょい。
 
 携帯電話で喋りながら携帯電話を探してました。
 コンタクトレンズを装着しているのに眼鏡の位置を直そうとしました。
 自分のメールアドレスが書けませんでした。
 見ていたカレンダーが去年のでした。
 駅の改札にテレホンカードを入れました。
 持っている本をまた買ってしまいました。
 欲しいのとは違う雑誌も買ってしまいました。
 
 ドジやお転婆が似合う可愛らしい女の子ならともかく、可愛らしくもなければ女の子でもない奴がこんな調子じゃいけません。そう悔い改めたら昨日、トリートメントを洗い流さずにお風呂から上がっていました。これ、2回目。
 
■6月2日 優しさの可能性。
 
 優しい人。これは誉め言葉だろうか。
 
 例えば「格好良い人」や「綺麗な人」や「強い人」は自分に有益な要素として完結するけど、ここで言われる「優しい」とは他人に与えて初めて存在する。自分が持っている優しさを自分に注ぎ込める人であれば、きっと「優しい人」と評されない。
 端から見て「優しい人」は本当に優しいのではなく、努力なり無理なりして優しさを演じているもの。これをわかってくれない人には、9回優しく接しても最後の1回を冷たく接してしまえば、今まで全部を否定されます。まるで侮られてるみたい。
 
 優しさを演じれば演じる程に否定されるのが怖くなり、普通の自分を出せなくなります。他人の前に自分を大切にしろと一般論で言われますが、そう簡単に出来ません。何より自分を大切にしたら、今まで好いてくれてた人たちが離れていくのが見えるから。
 そうやって自分で自分を追い詰めた人が、最後に着く場所はどこでしょう。そこが幸せでないのであれば、曰く「優しい人」は誉め言葉にならない。むしろその人の可能性を縛る、足枷の呪文になってしまう。
 
 だから、自分にとって大切な人が「優しい人」だと、少し不安になるのです。
 
■6月6日 サイカノを読み直し。
 
 シュウジは言い訳ばっかで情けない。でも男の子なんてこんなもんだし、しょうがないのかも。ふゆみ先輩を幻と言い切った、あの盛り上がりにおける記憶の清算は好き。流されるように流された挙げ句で、気付くの遅いけどイイ男になったよ。
 
 ちせは始め「超純粋ピュア潔癖清純っ娘」みたいな気持ち悪さで感情移入したくなかったけど、ちゃんと自分の意志でそれを否定しながら物語を進めていくのは好感。シュウちゃんシュウちゃん言っていた割に…なんて指摘は、夢見過ぎで野暮です。よく泣く割に理由無く泣かないのは、強さの印。
 
 アケミは真のヒロイン。5巻48ページからの展開は如何にもコミック的な邪さを感じ、冷めて読んでたんだけど。72ページからの独白には真実味があり、自分がこんな状態だったら同じ心境になると思わせる凄みが。「こんな時間が永遠に続くような…そんな気がしてたんだよ…?」に涙腺が敗北。
 
 6巻と7巻は蛇足。「いろいろあったんだぁ…」のちせと「いろいろあったわ」なシュウジが、それ以上は何も語らずに再び手を取り合って歩いていく5巻で完結の方が綺麗で良い。以上、チャットで話題になって高橋しん『最終兵器彼女』を読み直した感想。
 
■6月7日 幸せになる前に。
 
 ずっと前から漠然と夢見ていた「幸せ」って、よく考えれば案外大したものじゃない。
 
 体が健康で、お金に恵まれて、成功したい分野で認められて、必要としてくれる人が側にいて、愛すべき家庭を持って、暇な時間があって、憂い無く過ごせる日々。全部叶っても「他に何もいらない」と言い切れるくらい、満たされた気持ちになれるのか。
 これ以上無く満たされても、今度はそれが失われる不安に心が支配されてしまいそう。そうそう「幸せな時ほど少し不安になる」と唄ったのはCECILだっけね。自分にとっての幸せは、そんな世間の価値観や社会的な形に括られたものじゃない気がする。
 
 気付いたばかりでまだ探してもいないけど、いつか気付きますように。
 
■6月8日 おっちょこちょい・2。
 
 セイン・カミュが出ている深夜番組を、ぽけーっと見ていました。流暢な英語で饒舌に捲し立てる彼に「英語が上手」と感心した如月さん、数秒後に気付きます。かつて、ニュースで外国の子どもがインタビューに英語で応えていた時にも、同じ過ちを。
 あと、セインとカヒミって似てるとも思いました。
 
 セイン・カミュ
 カヒミ・カリィ
 
 ほら、そっくり。
 
■6月10日 不幸の重さ比べ。
 
 悩みもなく幸せな日常を送る人に「私の気持ちなんて貴方にわかるはずない」と言うのは、毎日学校で泣かされているいじめられっ子です。
 
 学校行かずに死んでしまいたいと思い悩んでいる人に「殺される訳じゃないんだから、いじめなんか大したことない」と言うのは、骨髄移植を待つ白血病の患者です。
 
 適合するドナーが気付かる日まで何とか生きようとしている人に「助かる見込みがあって、アンタはいいよね」と言うのは、不治の病で余命いくばくもない病人です。
 
 残された日々を死への恐怖と戦いながら過ごしている人に「ベッドの上で最期を迎えられるなら、むしろ幸せやん」と言うのは、今大きな火事に巻き込まれて逃げ場がないことを悟った方です。
 
 耐え難い熱さに負けず心の中でみんなとのお別れをしている人に「覚悟決める猶予があるだけマシだよ」と言うのは、交通事故に合って即死した被害者です。
 
 何の予告も過失もなく突然車に追突されて命を奪われた人に「先進国に生まれただけで幸せなのに」と言うのは、貧困に喘ぐ発展途上国で飢えて死んでゆく子どもです。
 
 
 不適説な表現もあるけど。不幸の重みって、比べられるものではないと思いません?
 今悩んでいる人、今困っている人、今死にたい人に「〜だからマシ」「〜なんか大したことない」と相対的な言葉で励ましても、その人は助けられません。だって、比べられるものではないのだから。この人は全然わかっていないと、拒絶されるだけでしょう。
 
 だから、貴方の大切にしたい人が不幸に押し潰されている時には。その不幸が貴方にとって何でもないとしても、その人にとっては極めて重たい可能性を、否定しないであげて。
 
■6月12日 誉められた♪
 
 ある人に10日分を誉めてもらえました。
 
 ありがとう、あれは自分もそうなりたいって思ってくれる人を願って書きました。どう表現してどう纏めるか、普段より多めに綴ったから愛着あるし。だから「私もその気持ちを分かってあげられる素敵な人になりたいな」なんて、これ以上無い嬉しい言葉。読んでくれる人がいて、その人に影響を与えられる文章を書けて、幸せ気分です。
 
■6月14日 最も大切なマナー。
 
 赤の他人にマナーを口煩く唱える人ほど、自分のマナー違反には無頓着。だって、この世で1番大切なマナーを破っているのだから。
 
 
 食器の作法にしても、フランスと英国ではスプーンの裏表が反対なのですから、スープの飲み方も違います。でも、もし間違った使い方をする人がいたとしても、周りの人は自分だけが正しいという態度をとらないことがマナーなのです。
 
 
 飯田深雪『エチケット、マナーの覚え書』より引用。つまり、他人にマナーを強いた時点で、マナーを知らないよりもマナーに反する行為なんですね。マナーとは自分が不快にならない為ではなく、他人を不快にさせない為に存在するのに、そこを履き違えて自分の生理的・潜在的に嫌いなものをマナーで否定する人が、特に中年以降に多い印象があります。
 
 この世で一番大切なマナーは、他人に自分のマナーを押しつけないこと。一番守りたいマナーです。
 
■6月16日 七夕の夜、君に逢いたい。
 
 Chappieの『水中メガネ』は思い出の曲。これの影に隠れてしまい、好き嫌いを言えない程度しか耳にしていなかった『七夕の夜、君に逢いたい』が、今になって聞いてみれば再評価。
  声が明らかに森高千里なのはともかく、松本隆の綴る清涼感にはにかみを秘めた歌詞を、細野晴臣の描く七夕空間で包み込んだ世界は、まるで揺りかごで夢を見ているかのような心地良さ。ほのかに前向きな淋しさが混ざっているのが、また素敵。
 
 思い出の曲の題材は夏が多い、嫌いな季節なのに。
 
■6月17日 ウサギになるかも。
 
 6月に入って、髪の毛がめっちゃ抜けます。寝起きの枕に何本もレベルじゃなく、普通に過ごしていても「はらり、はらり」と抜けてゆくのがわかるくらいに。髪の毛が肩口を伝って落ちてゆく儚い様は、命尽きて枯れてゆく草花のようで、もののあはれを感じます。如月さんの髪量は美容師が認める程にめちゃめちゃ多いので、減る分には困りませんけど。
 
 きっと、夏に向けて毛が生え変わっているのでしょう。そうそう、ウサギみたいに。次は耳が長くなったり、瞳が赤くなったりするかも。
 
■6月18日 タンポポの綿。
 
 想いを込めた言葉は、タンポポの綿。
 真っ白な様に心惹かれた誰かが息を吹きかけて、空に飛ばしてくれるのを待ってる。
 
 綿を吹いてくれる人がいるのは、この上なく幸せなこと。タンポポにとっては願いを叶えてくれる、唯一の架け橋になるのだから。
 
 一息に吹かれた綿は、風の助けを借りてどこまでも飛ぶ。飛んで着いた先でまた芽吹き。そして綿をつけて、次に吹いてくれる人を待つ。
 ずっとそれの繰り返し。繰り返して繰り返して、途方もなく広がってゆくのを願ってる。
 
 想いを込めた言葉は、タンポポの綿。
 一人でも多くの人に息を吹きかけてもらえる、素敵なタンポポの綿をつけられますように。
 
■6月20日 騙して騙されて。
 
 人付き合いって、化かし合い。
 
 騙していない振りをする人がいます。騙されている振りをする人がいます。騙している振りをする人もいます。騙されていない振りをする人もいます。自分を省みれば、自分がどれを演じていたのか悩んでしまうくらい、たくさん化かし合ってきました。化かし合いを見破った気になっても、実際は見破った気にさせられているのかもしれないし。もう、何を根拠に何を信じればいいのかわかりません。
 
 それでも稀に「この人なら信じてもいい」と、素直に思えるのは。きっと「この人になら騙されてもいい」と、素直に思えた時なのでしょう。
 
■6月21日 Funny!/笑える!
 
 笑える。こんな詰まらないことに動揺させられた莫迦な自分が笑える。
 
 通り道に会いたくない人がいるから遠回りしてるのに、その先にその人がいたって感じ。微妙に服装が変わってて最初は気付けなかったけど、仕草のせいで後からわからされた。気付かなければいいことに気付いて、動揺する莫迦な自分が笑える。
 
 そもそも、その道を通るお膳立てが偶然にしては出来過ぎ。気分最悪。アリーの口癖「笑える(Funny)」ってこういう心境の時に使う訳ね。
 
■6月23日 コンタクトっ子。
 
 コンタクトレンズ歴2年半。普段は眼鏡なので月1回くらいしか使わず、未だに装着はド下手。そんな奴に起きた奇跡。
 
 待ち合わせでやや急ぎ。洗面台、水を流しながら栓をする。ケースの片側を開ける。保存液を流す。ケースの中に水を通す。右のレンズを洗う。左のレンズも洗う。右目にレンズを入れる。黒目からズレる。いつものことなので後で直そう。左目のレンズも入れる。黒目からズレる。いつものことなので後で直そう。栓を抜いて水を流す。
 
 自室に戻る。ソファーに腰掛ける。手鏡でレンズの位置を確認する。まず右目から。どこにも無い。そう言えば目に異物感が無い。これは落としたっぽい。最初の装着をミスした時に落ちたか。洗面台の水は流した。1枚2万円。
 とりあえず、左目のレンズを見る。白目に確認。取りたいが取れない。ごちゃごちゃやっている内にポロリ。どこに落ちたかわからない。探そうにもその場から動けない。時間は刻一刻と迫る。2枚で4万円。
 
 待ち合わせに遅れてはなるまいと、必死に手探りして無事に見付ける。でも、1枚無いことに変わりはなし。しゅーんとしながら、左のレンズをケースに収めて閉じる。続けてもう片側、右のケースを閉じようとすると。そこには洗う前の状態、ケースに入れたままのレンズが。紛れもなく、落としてなくしたと思い込んでいた右のレンズ。
 
 無くなっていないのは嬉しいけど、確かに洗ったし目の中にも入れたのに、貴方はなぜそこに。
 
■6月24日 梅雨は奏でる。
 
 今、大雨が降ってます。雷も鳴ってます。耳を澄まして音に聞き入ると、心が落ち着きます。
 
 何かと嫌われる梅雨も、晴れより雨が好きな者にとっては悪い季節ではありません。むしろ、1年で最も心穏やかに過ごせる時期かも。どうして雨が好きなのかと言えば、太陽の明るさにどこか物怖じしてしまうせいだと思います。
 心が内向きの者にとってあの明るさは、随分と眩しいんですよね。だから見てられなくて。心が外向きなら、その力を背中から押してくれるのでしょうけど。
 
 雨に打たれて濡れるのも、全然嫌いではありません。傘もレインコートも持ってない、雨宿りの場所も見当たらない、突然の雨は大歓迎。
 髪や服が水を吸い込んで重くなって、視界もあやふやになって。哀れな見た目で、哀れな状況だけど、妙に気持ち良い。否定されるべき状況も許容してくれる、優しさが感じられると言うか。
 
 出来ることなら、雨の音に包まれて過ごしたい。
 
■6月25日 出版賞の結果。
 
 第二次審査通過から音沙汰無いしリップサービスだったか、と某個人サイトに書き込みした出版賞。先日、分厚い封書が届きました。
 発表は六月中旬とのことでしたから、これが結果に違いありません。如月さんはこの瞬間、私立高校の合格発表の際の方程式を思い出します。封筒が分厚い=合格・封筒が薄い=不合格。そうです、結果が良い場合は各種書類で、封筒が分厚くなりがち。絶対に期待出来る、はず、かも。そんなこんなで全力で気休めをした上で、いざ開封。
 
 えっと、期待は期待だけで終わりましたとさ。
 
 自作について批評が貰えるのは嬉しいですね。落選作品には無碍な対応なとばかり思ってました。あと何やら「出版化推薦作品」の名目で、共同出版のお誘いも入っていました。この2つはセットでしょう、批評とお誘いを続けて読むとその気になっちゃうもの。
 流石に全員じゃないだろうけど、応募総数5000作の中でこの範疇に入るのはどの程度なのでしょう。
 
■6月28日 日記の最後は決めました。
 
 1つの記憶がまた違う記憶を呼び、その記憶がまた違う記憶を呼んでゆく。そうやって記憶が羅列されることによって、途切れ途切れだった過去と現在を繋ぐことがあります。
 
 如月さんは寝付きが悪く、入眠時には必ず考えごとをします。平均1時間は掛かり、すぐに寝息を立てられる人が羨ましいです。明かりを消して瞼を閉じて耳栓をすれば、刺激が少なくなって暇になった脳が勝手に動き始めるので、考える内容は決めません。自分で決めても、脳が無意識の内に軌道修正しますし。
 その軌道修正に気付けた時は「最初はアレを考えてたのに、今はどうしてコレを考えているのだろう?」と、どんな道筋でアレがコレに変化したのか、逆算するのが密かな楽しみ。自分で考えたはずでも意外と難しく、見事に辿れたら自分を誉めます。
 
 昨日の深夜。脳が考え始めたのは、過去の記憶について。大昔の記憶から現在の記憶に、当時の主観的な心境と今の客観的な心境を添えた文章が、頭の中に次々と浮かびます。
 時系列が乱れたり、フィクションが挿入されたりしつつも、記憶は整理をされて。考えごとの終わり「途切れ途切れだった過去と現在を繋ぐ」瞬間まで、眠られずにいました。その完成された記憶は自分史そのもの。改めて読まされると、知らない内に忘れたことにしている出来事の多さに驚かされます。
 
 日記の最後は、この自分史を書きましょう。
 
■6月29日 哀れな主観、悲しい客観。
 
 主観的な視点で生きる人と、客観的な視点で生きる人。世の中の生き方は大雑把に分けて、この二種類。
 
 主観的な視点で生きる人は、幸せな人生を掴み易いと言えます。自己中心、我侭、強欲。どんな時も、自分優先で行動すればいいのですから。
 客観的な視点で生きる人は、苦労する人生を歩み易いと言えます。気遣い、思いやり、愛情。様々な要素のせいで、自己犠牲を強いられますから。
 
 主観的な視点で生きる人は客観的視点で自分を見られないので、どんなに自分が汚れていても気付けません。客観的な視点で生きる人から、密かに軽蔑される、哀れな存在です。
 客観的な視点で生きる人は主観的視点で自分を見られないので、どんなに自分に欲望があってもそれを許せません。主観的な視点で生きる人に求めているものを奪われてしまう、悲しい存在です。
 
 どっちも哀れだったり悲しかったりするのなら、幸せを掴みやすい主観的な視点で生きる方が良いように思えます。哀れだけど自分が幸せになれる生き方と、悲しいけど他人も幸せにさせる生き方。貴方ならどちらを選びますか。
 
■6月30日 はなさん可愛いよね。
 
 作りたい歌詞のイメージを膨らますために、イラストを描きました。
 
・モデルのはな+Chappie風。
・チャームポイントはおでこ。
 
 おでこの広い女の子は可愛くて好きです。例えば、はなとか、はなとか、はなとか、はなわとか。最後に変なの、混ざった。
 
 
  
■7月2日 無いものねだり。
 
 自分の文章を読み返すと、何だかなとしんみりします。冗長だし、語彙が少ないし、構成が同じだし。もっと実直で、もっと伝わり易く、音感と字面も美しく整った綺麗なものに仕上げたいのだけど。たまに余所のサイトを回っては、各所で嫉妬しています。
 
 そんな劣等感に捉われず逆の立場、読む方ではなく読まれる方になった時に。これと同じように自分が思われていたらと、淡く期待。
 
■7月3日 育てなくても育つもの。
 
 花は育てるもの。育ててくれる人と、水と光が必要です。だけど、成長に必要な水と光は雨とお日様によって自然に降り注がれるので、育て主が何もせずとも成長はします。
 勝手に育った花を見て「これは私が育ててやった」と主張するのは、種を埋めただけの人。その花が生まれたきっかけではあるにしろ、自分が育てたなんて勘違いも甚だしい。成長に必要なものは、その人が何もしなくても注がれていたのだから。
 
 本当に「私がこの花を育てた」と言えるのは、美しい花弁を咲かすように肥料を与え続けた人。内に眠る可能性を引き出す手伝いをして、より綺麗な花になるよう努力を惜しまずに。
 そしてその人は、自分が育てた花を見て「育ててやった」とは決して言いません。綺麗に咲いたのはその花の力であり、自分の手柄ではないとを知っているから。そんな育て主にだけ、花は素直な気持ちで「育ててくれてありがとう」とお礼するでしょう。
 
 報われない、と思うのであれば。最初から花を育てなければいい、種を埋めなければいい。義務でも強制でもないのだから。花を育てたいと言う願望は、育て主のエゴだと気付くべきでした。
 
■7月5日 予知する夢。
 
 今日の夢は、郵便配達でした。アルバイトで長くお世話になったし、今までで一番楽しくやれた仕事だから、珍しい内容ではありません。夢の中では宛先と住所が一致しない葉書があり、困っています。周りの家を探してもわからず、その内に目が覚めました。
 
 現実の夕方、1枚の葉書が知人から届きました。この方にはいつも嬉しい言葉を貰っています。ブラックジャックの絵葉書なんて初めて見たよ、わざわざ好みに合わせてくれてありがとう。
 幸せ気分の最中、葉書に貼られた紙切れに気付きます。郵便局からのお知らせみたい。
 
>宛名を記入していませんが
>ひとまずお届けします
>お心あたりのない場合はポストに入れて下さい
 
 確認すれば、住所はあれど宛名無し。無事に届いてヨカッタネ。これってもしや、予知夢。
 
■7月6日 隠しごとが1つ。
 
 誰でも持っているコンプレックス。本当は言いたくないけど、訊かれれば話します。でも、1つだけ、今まで誰にも打ち明けたことのない、とっておきのがあったり。仮に話しても「へー」とか「わからなくもない」とか、微妙な反応しか返ってこないであろうと自分でもわかっているのに。なぜか隠したままです。
 
 秘密を守り続けて十数年、まだバレていません。
 
■7月9日 いくら綺麗な人でも。
 
 顔とスタイルが絶品で、貴方の外見が極上に素敵なのは誰もが認めます。ファッションセンスも優れていて、街を歩けば視線を集めるような華のある人です。普通の容姿の人に僻まれるのも当然だし、それに優越感を感じるのも仕方無いでしょう。
 でも、その優越感が悪い方に向かうのは止めて欲しい。見た目が劣る人を実は酷く蔑んでいるの、よく伝わってきたもの。貴方は胸の空く思いで喋っているのだろうけど、聞く方は嫌な気持ち。赤の他人を不当に軽蔑するのは人間として未熟だし、そういう人こそ自分にとっては軽蔑の対象なのに。面白くて笑っているんじゃなくて、苦笑だと気付けなかったのが不思議。
 
 外側が綺麗であるほど、内側が曇れば余計にくすんで見えるから。その綺麗さを台無しにしないように、もっと大切に守って下さい。
 
■7月10日 精一杯の慈悲。
 
 今回の事件の犯人が12歳だったのは、驚くべきなのでしょうか。凶悪犯罪は善悪の判断基準が成熟した大人より、未熟な子どもが起こす方が自然に思えますけど。万引き犯の職業は会社員より、無職の方が納得出来るみたいに。
 
 数年前に「キレる世代」と明瞭なレッテルを貼り、その世代を画一的に語れるようにして、少年犯罪を商品化しました。冷静に対処すべき問題を無闇に扇情して視聴者の気を引く今の報道の仕方、その時と似てますね。1人のイレギュラーの存在を皆に押し付けて、原因を社会や文化に求めようとするの。世間からの偏見に晒され、同世代にとって迷惑でしょうに。
 社会や文化に影響を受けない人間はいないのだから、犯行要因をそこに求めるのが変。原因追求は徹底して、犯罪を犯した本人に向けてしなきゃ。それに原因探しは犯人の罪を和らげはするけど、被害者の傷を癒しはしないのに。
 
 あと、一部の大人は子どもが無垢な天使だと本当に信じてしまうようで、とりあえずは己がどうだったか思い出せと言いたい。大人の描く子ども像を演じて、小金を稼いだり両親のご機嫌を誘ったりした過去、誰にだってあるでしょうに。無いなら幸せですよ。
 
 少年法なんて要りません。自分が守られる時期に、守られる必要が無かったから。今と同じ価値観を持ち、今と同じ善悪の基準を持ち、犯そうと思えば犯せる法律を犯さなかったから。これが当然でしょ、当然が出来ない人を守る必要はどこに。年齢に左右されず、犯した罪は相応の刑罰で償わせてあげるのが。加害者と被害者に社会が用意した精一杯の慈悲ですよ。
 
■7月12日 肌の弱さを利用して。
 
 気が付けば、足の甲と腕と手の甲が湿疹で、日焼けしたみたいに真っ赤。去年と比べれば今夏は涼しいと油断していたのでショックです。
 アトピー持ちで慣れていても、こんな肌を見るのは気持ち悪い。本人でも気持ち悪いのだから、他人が見れば更に気持ち悪いでしょう。見た目の酷さと痒みが憎くて掻きむしって、余計に荒れる悪循環。もし女性だったら、もっと悩んでいたのでしょうね。
 
 今年も手袋して眠らないと、起きたらシーツが血塗れになりそう。
 
■7月13日 本と本棚と私。
 
 整理整頓は得意です。特に収納から溢れた本を手を変え品を変え本棚に納めてゆくのは、悩ましくも楽しい作業。パズルのように本を組み替えて、思惑通りに背表紙が並んだら最高の気分に。収納の達人にだって負けません。
 不思議なのが、いつも空間を限界まで使って詰めているのに、次の機会には必ず更なる空間を作れること。自分でも謎の能力だけど、本は絶対に捨てられない者には本当にありがたい。偉いぞ未来の自分。
 
 本は少し溢れている方が、整理整頓の楽しみがあって好きです。綺麗だと苛立ちます。
 
■7月14日 ナイツの思し召し。
 
 96年発売のゲームソフト『NiGHTS』をご存じの方にしか伝わらないけど、ほんのり嬉しくなれたお話。リンク先のツリーでどうぞ。7月になってから自分も細かい偶然が重なっていたりするし、良い前兆でありますように。
 
 ▼ナイツの絵本
 
■7月15日 守り合い。
 
 私は君が大切だから、私は君を悲しませたくはない。
 私は君が大切だから、君が死ねば私は悲しむでしょう。
 
 君は私が大切だから、君は私を悲しませたくはない。
 君は私が大切だから、私が死ねば君は悲しむでしょう。
 
 
 つまり誰にだって、大切な人がいるのなら。助ける力があると言うこと。助けてもらえる力もあると言うこと。守り合える人がいると言うこと。
 
■7月17日 あの日のAM神戸。
 
 真夜中の草原で大きな虎と一緒に眠っている、そんな夢を見てた明け方。ふと目が覚めて、少し間があって、未知の轟音と激しい揺れに襲われる。明らかに地震。大きい。ここは五階建て団地の最上階。外観はコンクリートだけど中身は木造で、こんな地震には耐えられないだろう。
 でも、なぜか死にはしない確信だけはあったから、さて崩れた時はどうやって地上に着地しようと冷静に考える。その内に揺れは収まる。
 
 窓から外に目をやれば、いつもと同じ高さからの光景。どうやら崩れはしなかったみたい。部屋には本やら置物が散らばってたけど、タンスが倒れたりガラスが割れたりも無し。少し大きめだっただけで、大袈裟だったかも。安心してラジオのスイッチを入れると、大阪は震度5とのこと。関西で大地震は起きないって、常識なのに。
 少し眠ってから、学校へ。ほとんどの同級生は来ている。地元集中の高校で、感じた揺れは同じようなもの。交わす挨拶も「大丈夫?」ではなくて「凄かった」だった。自分たちにとっては、その程度で済んでいた。翌日からは通常授業が始まり、翌週には過去の出来事になっていた。
 
 
 高速道路が倒れている。駅が潰れている。ビルが横を向いている。大火災が起きている。テレビ局がヘリを飛ばして、そんなショッキングな映像をお茶の間に流していた頃に。被災地の生の現状を何よりも伝えていたのは、地元ラジオ局のAM神戸。放送に携わる人たち自らが被災している中で、必死に災害報道を送り続けている。
 
⇒AM神戸 震災報道の記録
 
 これを読み、当時の悲惨さと悲痛さを思い出しました。こんな状況でも自分にとっては他人事でした。
 
■7月18日 もし更新してなければ。
 
 自分が死んだ時。誰にも気付いてもらえず世の中が何も変わらなかったら、虚しいですね。今の自分がこの世から突然消えてしまったら、少しは悲しんでくれそうな人になかなか知ってもらえそうにない。どうすれば死んだ事実を自ら伝えられるでしょう。
 
 なんて悩む必要は無く、その旨を死後に伝えられる場所がありました。この文章を読んで下さってる方へ。もしも、このサイトが何年も更新されずに放置されていた時は、作者はもう死んだと思って下さい。貴方が伝えられる限りの人に伝えて下さい。
 
■7月20日 お騒がせしてます。
 
 地元は大騒ぎ。世間を賑わす時はいつも悪評の困った土地です。あの逮捕された元国会議員は前から嫌いでした。この人の発言は何も正しく聞こえないから。実際に何も正しくなかったし。
 演説は「私は土井たか子の社民党の…」と何度も前置きしていました。商品名を連呼するウザい広告ないし迷惑なスパムメールのごとく、有権者を莫迦にした姿勢。あれだけ名前を利用した人が捕まったんじゃ、利用させていた人も責任取らないと。
 
 99年の年末にスーパーのバイトで店頭販売をしている時、目前で演説されたことがありました。周りのお客さんが逃げてしまい、心底邪魔でした。演説を終えて「お邪魔しました」なんて頭下げに来たけど、邪魔を本当に自覚しているなら最初から邪魔しないでしょう。謝れば何してもいいと勘違いしてるところは、先の騒動で全国に知れ渡ったと思います。
 
 捕まったところで、大した罰は与えられないんでしょうけど。
 
■7月21日 カセットテープの悲劇。
 
 やっちゃった。高校の時に貰ったカセットテープに、重ねて録音してしまいました。中身はわざわざ選曲してくれたオーケストラ。自分から頼んだような気がする。その人は吹奏楽部だった為、当時のコンクールの演奏曲もおまけに入ってたり。オセロは中学の時に一緒に吹いて、あの難しさには参りました。
 未だにCDラジカセ+録再MDステーション使いで、ラジオはMDに繋いで録音します。それでCDラジカセの録音タイマーをテープを入れずにセットして、作動時に手動でMDを録音にしますが、ラジカセに聞いていたテープを入れたままにしちゃい、そのままタイマーの時刻になって、知らない内にテープに録音されてしまって、以上。
 
 幸いにも途中で気付き、被害は全体の約1/4で済みました。でも、1番のお気に入り曲の最後が切れてるし、こんなになっては通して聞くのはもう無理。貰って6年も経つのに爪の状態に気が回らなかった、己の間抜けさに腹が立ちます。
 
 プレゼントするテープは爪を折ってから渡すべき、と八つ当たり。
 
■7月22日 放送禁止2呪われた家族?
 
 フジテレビ系列の深夜番組『放送禁止2 呪われた家族?』を見る予定がある方は、この先を読まないで下さい。関東・東海・関西地区にて放送済です。
 
 
 放送時刻は午前3時で、内容は大家族の密着ドキュメント。ただ、局側の配慮により放送されなかった分と言う曰く付。深夜のドキュメント番組は重たい内容が多いとは言え、初っ端から恐ろしくなります。
 淡々としたナレーションが不安を募らせる割に、最初は普通の大家族もの。庭で家族揃ってのラジオ体操から始まり、朝食作りは子どもたちが手伝ってくれ、父親は猫に自分の料理を分けている。和やかです。
 
 豹変したのは、ある日の家族団欒での朝食時。その日に限って勉強疲れで一人遅れて食卓にやって来た、高校生の長女。直前に流れた昨夜の様子によると、薬学科を目指しているらしい。職場で怪我をしてから体調が優れず働けない父を楽にしてあげたくて、と澄んだ瞳で言います。机に開いた教科書にはヒ素の文字。
 そんな長女に父親は無理をしないようにと体を気遣い、平穏な食事風景…と思いきや  父親の怒声、暴行。無理やり娘を隣室に引き擦り込み、映像に捉えられなくなる。酷い罵りと折檻の音に重なって、長女の掠れた「ゴメンなさい…!」が襖越しに響く。カメラは動かず、家族も下を向いているだけで止めやしない。誰か助けてあげないと、この家族って最低!
 
 やがて2人は戻って来て、長女はうつむいて鼻血を出している。食卓で父親、さっきまでの怒りはどこへやら「やっぱり家族揃うのが一番だな」と満面の笑み。狂ってる。悲しみと怒りで泣けてきました。こんなに酷い家族を番組にするなんて、だから放送されなかったんだと理解します。ただ、理解はしても納得は出来なかったけど。
 
 
 話題は移り、家族が次々に見舞われている不幸について。父親が働けない、子どもたちが原因不明の怪我をする、1年前に水難で息子を亡くしている、鳥居を映した不気味な写真が郵便受けに何度も入れられる等。
 その写真の話を母親がしている時、部屋の外からガタガタと大きな物音が。駆け付ければ三女が倒れており、階段から落ちた様子。母親は水難で失った子を思い出し、気が動転。三女の側にいた父親によれば、目を離した隙にいなくなっていたらしい。ここで二度目の衝撃。寒気。大した怪我ではないものの、不安が募る母親。例の写真に原因を感じるも、父親はそんな莫迦なことがと癇癪を起こす。嫌な奴。
 
 場面は変わって、下の子ども2人が絵を描いている。何を描いてるのかと質問すると「家族」と。でも、そこに父親の姿は無い。描かない理由は「パパはもうすぐいなくなっちゃう」から。おいおい。そして、もう一人の子が描いていたのが、例の写真の鳥居。3回目の衝撃に背筋が凍る。
 
 
 ここから話が忙しくなる為、簡単に筋を追うと。霊媒師に写真を鑑定してもらうと、強力な本物らしい。対処として家でお払い中、長女が絶叫を上げて苦しむ姿がありつつも、写真を焼き払って無事終了。ただ、写真やお払いに否定的だった父親は立ち会わず。
 以後、家族に平穏が。愛猫と戯れる父親は、体調も良くなって仕事への復帰も近付いたみたい。ホームビデオで撮影された家族揃ってピクニックを楽しむ光景が流され、幸せの階段を上っていくのかと思われた矢先。父親が行方知れずに。
 
 家族はその悲しみを乗り越えて、普通の日常を送っている。父親の消えた家族が笑顔でラジオ体操に励むのを見せつつ、いつの間にか死んでいた飼い猫のお墓が庭の隅にあるのを映して、本編が終幕。
 最後に、下の子どもたちの描いた絵が何枚も映される。そこには示された内容は…水難で死んだ息子は父親が殺した/父親が子どもたちを虐待していた/母親は父親が憎かった/父親の怪我は母親が起こした/長女と母親で父親の料理にヒ素を盛った/長男がバットで父親を撲殺した/父親の食事を分けられてた猫も死んだ/写真は母親が仕込んでいた。
 
 
 そしてお断り、この番組はフィクションです。
 
 
 ずこっ。いや、こけるまでもなく、嘘を突き通すように作ってはいなくて、ちゃんとバレるようにしてます。番組の最初に「貴方には隠された真実が見えますか?」と言ってますし。隠された真実=ノンフィクションではなくフィクションだなんて、露にも思わなかったけど。あと、上の粗筋は後半を端折っており、実際は心霊に結び付けてフィクション色が強めでした。
 途中に不信点は幾つもあります。子どもの名前が「林檎」や「檸檬」だとか、親父の口調が演技のようで不自然とか、殴打されたはずの娘に痣が無いとか、嘘を知らせてくれる小細工が。でも、番組名や曰く付の効果により、ノンフィクションだと擦り込まれた頭がスルーさせてしまいました。長女への理不尽な暴力に本気で怒ったのも良き思い出です。
 
 内容が内容だけに抗議もありそう。家庭内暴力は慎重に扱うべきだし、視聴者を騙すのが前提だし、騙した部分の真相を詳しく解説しないし、一部始終を見ないと意図が伝わらないし。しかし、同じ場面を繰り返して時間稼ぎしたり、内容とは無関係なタレントを呼んで視聴率アップを狙ったり、最近は視聴者を見下した番組が多い中、見る側の良心や理解力を信頼して制作されたようで感心しました。
 二度と同じ衝撃は得られないんですよね、ノンフィクションに見せたフィクションだと知ってしまったから。この番組を偶然にチャンネルを合わせて最初から最後まで通して見れたのは、趣旨を一番楽しめる幸運な境遇でした。予備知識があれば最初から穿った見方をして、こんなに感情を揺さぶられはしなかったでしょう。
 
 次回は逆に「フィクションに見せてノンフィクション」はどうかなと。信じ難い事実を映して、冗談のように演出して、最後に「この番組は全て真実です」で締める。うん、こっちの方が衝撃度は高そう。制作の皆様、今作を超える続編を待っています。そして、目指せ本当の放送禁止。
 
■7月24日 二人称が心を映す。
 
 相手によって二人称を使い分けます。意識的ではなく、自分の中での位置付けで自然と。
 
 最高に心を許している人は「お前」と呼びます。生意気っぽいのが嫌で基本は使わないのに、ついつい呼んでしまうのだから信頼の証です。
 次は「アンタ」で、その柔らかさが好きな二人称。「お前」と呼んでいい相手でも、気を抜いていなければこっちです。
 どこか「アンタ」だと恥ずかしい相手には「自分」で。関西でしか通じないらしいけど、どちらもよく使いますね。
 
 以上が親しい人向け。何かあって、その人の位置が下がった時は「貴方」になります。信頼しなくなった証です。「お前」だった人が「アンタ」になり、更に「貴方」に落ちた時は、もう切ないばかり。頭で信じようとしても、心は誤魔化せない。
 
■7月25日 嫌いになる必須条件。
 
 悩みごと。よっぽどの事情があっても人を嫌いになれず、良心の板挟みに苦しくさせられます。周りに「優しいせい」と言ってもらえるのは光栄かもしれないけど、実際は違います。嫌われるのが怖いから、嫌いになる勇気も無いだけです。
 よっぽどの事情の条件が満たされるのは、自分にとって大切な人が傷付けられた時。心が黒く染まって理屈抜きで憎めます。もし、大切な人が大切な人を傷付けたなら、加害者が大切な人でなくなるでしょう。傷付けた結果だけで、嫌うに十分だと思うから。
 
 うん、我ながらあまり正しくない価値観。
 
■7月26日 不思議な子どもの不思議。
 
 3歳の誕生日を迎えた子どもに「4年前には何してた?」と訊くと、どんな答を返すでしょう。まだ無である状況を、その年頃でしか表現出来ない方法で説明してくれるのかもしれず、いつか挑戦したい。
 
 その年頃でしか表現出来ないと言えば、難産だと子どもはお腹の中の記憶をしばらく覚えているとか。「温かかった」とか「暗かった」みたいな漠然とした感覚で。そんな神秘的な話があるなんてと、テレビで初めて知った時には感動でした。
 特に早産の子が「もっとお腹にいたかったのに」と言っていたのには、胸がじーん。感情や意志は言葉を使えなくても生まれて、覚えられるものなんですね。頭で考えるにしろ心で感じるにしろ、常に言葉を用いて行っている者にとっては不思議ですね。
 
 小さな子どもには、そんな不思議が他にもたくさん詰まっていそうです。
 
■7月28日 殺せないよね。
 
 真っ白なベッドの上に、真っ白なパジャマを着た女性が仰向きに寝かされている。見た目は20歳くらいで黒髪長髪ストレート。目は閉じているが、表情は少し微笑みを浮かべて安らか。
 彼女は難病により障害があって、体の自由が利かない。意識の有無は微妙。体を拭いたり寝相を変えたり、母親が介護をしている。
 
 ベッドにはU字型の金属の道具が置いてある。これも色は白。手の平より一回り大きいくらいで、両方の先が鋭く尖っている。ベッドに刺して拘束具として使うらしい。
 突然、母親がそれを手にしてベッドに乗り、娘の胸に尖った方を当てる。そして自重を込めて一思いに…が、それ以上は動けない。
 
 自分が殺されかけても微笑んだままの娘に、母親は泣き崩れる。夢が終わる。
 
■7月30日 流行を拒否してた頃。
 
 90年代中盤。今でも聞き継がれる名曲がたくさん作られていた時期に、なぜか流行の音楽を好きになれない、男子と女子がいました。
 2人が何を聞いていたのかと言えば、男子は毎日がゲーセン通いのゲーマーさんだったので、ゲームミュージックを。女子は吹奏楽部の練習に打ち込む頑張り屋さんだったので、オーケストラを。共通の価値観は「流行りものの良さがわからない」です。流されるまま流される周りを、どこか鼻で笑っていました。少なくとも男子の方は。
 
 あれから何年も経ち、男子だった方は可愛い女性ヴォーカルなら何でも聞くし、女子だった方は浜崎あゆみを愛でています。好きな音楽を自由に好きと言えるようになり、肌に合わない音楽を嫌いもしません。
 
 当時の価値観って、本当は流行を素直に楽しめる人たちが羨ましくて、その僻みを隠す為だったのかも。
 
■7月31日 ヤベッチ&カヒミ。
 
番組=めちゃ×2イケてるッ!(再)
日時=7月30日の夕方
企画=The Culture Time
お題=カヒミカリィ
 
 
矢:「モデルやった訳ですよ」
岡:「モデル?」
矢:「カヒミカリィね。モデルやってるでしょ」
 
 (静寂)
 
矢:「やってるでしょと言うか…モデルっぽく見えるでしょ一見。一見モデルっぽく見えるんです、カヒミカリィは」
 
 (沈黙)
 
矢:「ただー、ホンマの職業はモデルではない」
岡:「何の仕事をしてらっしゃる?」
矢:「あー、昔からなりたい言っとったんよ」
岡:「はい」
矢:「…陸上を?」
 
 (中継カット)
 
岡:「サンキューヤベッチ☆」
 
答:「パリ在住の伝説的シンガー。ライフスタイルまで含めて渋谷系少女たちのカリスマ的存在」
 
 
 途中まで惜しかったのに。
 
■8月1日 耳掻き講座・初級編。
 
 大の耳掻き好きです。中毒です。ほとんど毎日しています。小学生の頃は取った耳垢を再投入していました。あまりに不毛なので中学生で止めました。リサイクル精神も行き過ぎは禁物です。
 外出中にしたくなると手が震えます。冗談っぽいけど本当です。もしもの時の為にちゃんと、鞄に綿棒を携帯しています。とても安心なので皆さん真似して下さい。
 
 もしもの時と言えば、防災袋にも耳掻きは常備すべきでしょう。避難所で耳掻き出来なくて泣きたくなる人、必ず出ます。その際は必ず梵天付を用意します。梵天の無い耳掻きはアクセルだけでブレーキの無い自動車のようなもの、と偉い人が言いそうです。
 欲を言えば、金属製でストロークの短いのも併せて。耳掻きなんて1本で十分と思うのは素人で、手強い耳垢対峙した時に便利なのです。ゴルフクラブを想像して下さい。ウッドもあればアイアンもあり、状況によって使い分けますよね。つまり、耳掻きは紳士のスポーツです。
 
 今日は耳掻きについてごく軽く語りました。
 
■8月2日 弱い心と普通な心の関係。
 
 何かしらの枠で一括りにした人たちをいい加減な評価で見下すのは、自分が愚かなのを知っている証拠。その愚かさを指摘されるのが怖くて堪らないから、かりそめの優越感で必死に誤魔化している。
 そんな弱い心を今以上に追いつめたところで、状況は悪くなるだけだろうし。波風が立たないよう、感情を消して適当に対応させて頂いています。
 
 騙しているつもりで騙されている。莫迦にしていると莫迦にされている。理解出来ない相手に理解されている。見下してるはずなのに見下されている。少しでも想像すればわかる、心の関係。もう二十年以上になるし、とっとと気付け。
 
■8月3日 コーラ酔い。
 
 お酒にはめっきり弱い如月さん、ちょびっと口に含んだだけでケラケラケラケラ笑い上戸。生粋のお子様味覚を誇るので甘いのしか飲めませんし、オトナの飲み方なんて夢のまた夢。あの頃の僕はカルアミルク飲めば赤くなっていたけど、今なら仲間とバーボンソーダ飲めないです←わかる人だけわかって。
 謎なことに、普通のコーラでも酔います。頭がほわーんとほろ酔えます。原理は不明だけど、お得なので深くは考えません。禁酒法も酒税増税も歓迎な体質。
 
 そんでもって今、コーラ酔い中。ケラケラ。
 
■8月4日 正しいは正義、だけど。
 
 赤信号で横断しちゃ駄目。うん、正しい。だけど、車が来ていないのを確認した上で渡るなら許容範囲。
 人様を笑い物にするのは失礼。うん、正しい。だけど、お笑い芸人なら笑われるのも仕事の内だから遠慮はいらないよね。
 
 借りたお金は返せ。うん、正しい。だけど、相手が悪徳高利貸しなら警察に直行するのが正解。
 人を殺めるなんて許せない行為。うん、正しい。だけど、我が子を殺された親御さんが無念の余り手を汚すのは責めようがない。
 
 正しいは絶対ではなくて、例外が含まれている。うん、これは本当に正しい気がする。以上、「かわいいは、正義!」から思い付きました。
 
■8月6日 ジェンダーフリーに偏見。
 
 小学校に通い出した頃、男と言う性別が嫌いになりました。下品で野蛮で莫迦だから。人間のセクシャルな面を否応無しに教えられる高学年で、その嫌悪感は頂点になります。汚らわしい。
 物理的にも精神的にも潔癖だった自分にとって、男とは気色悪い生物。出来れば自分は違う性別に生まれ変わりたくて、世間の男臭い価値観には毒されない心で生きるようにしていました。歳を経て潔癖さが消えた今でも、ガールズポップ好きの理由やネット人格の現し方として残っている、とても強い否定感情です。
 
 世の中には「〜はこうあるべき」と言う偏見が蔓延っています。それは「こうありたくはない」と思っている者にとって、理屈も正論も通じない大変な障壁です。そんなだから、性別に捉われないジェンダーフリーの精神には大賛成。社会や他人に求められる「〜らしさ」のせいで悩まずに済む人が増えるなら、誰にとっても素晴らしい。
 だけど…悲しいかな、歪んだ形で社会に浮き出てますね。不便な男女混合名簿とか、「男女」ではなく「女男」とすべきとか。性的偏見に悩まされた者とてぶっとびますから、無理解の人には怪しい活動にしか映らないでしょう。真に「悩んでる人を助けたい」「偏見を正したい」と願うなら、第三者を感心させる活動に改めるべきだし、それが可能なはず。
 
 ジェンダーフリーを謳うのは怪しい、こそが偏見になりますように。
 
■8月9日 ルパン&カヒミ。
 
 録画で見終えたばかりの『ルパン三世 お宝返却大作戦!!』の話。スペシャル版は今回も賛否両論みたいだけど、ディープなファンでない者には楽しめました。昔からのマニアや原作を読んでいる人に、今の作品は耐えられないのだろうと想像しつつ。
 内容はともかく、事件はエンディングテーマ。後日談とスタッフロールに重なるのは、どこかで聞いたような超ウィスパーな唄声。これはカヒミカリィの真似扱いされても文句は言えまい、あまりに似過ぎです。
 
 
エンディングテーマ
「le soleil d'or
  〜ル・ソレイユ・ドール〜」
  作詞:Kahimi Karie
作曲編曲:大野雄二
  歌 :Kahimi Karie
 
 
 本人でした。自称ファンなのに気付けない奴。
 
■8月11日 今はもう届かない。
 
 貰ったものは絶対に捨てられなくて、机の引き出しに置いています。それらに触れて感じる淋しさは、今でも交流のある人が少ないせい。特にネット上での知人は、数ヶ月だけ仲良くして以来の人がほとんど。
 そう独りで感傷に耽ったところで。原因は多かれ少なかれ自分にあったりします。音信不通にしたのも、喧嘩別れしたのも。相手の至らない点で事件が起きたら、その人を傷付けても許されると考えていた頃があって。事件から守りたい人を守る方法が、それしか無かった。もっと立派な心を持っていたら、もっと上手に纏められたのに。
 
 贈ってくれたMDの1曲目を聞きながら。
♪さよならと言ったのね 今はもう届かない
 
■8月13日 五代ゆうのサイト。
 
 小説家の五代ゆうについて書いたページを羅列。
 
Purple passage
 『機械じかけの神々』巻頭の引用句。
My profile
 名前で買う作家。
スノウ
 作品タイトルを登場人物より。
Postface
 その出典の紹介。
五代ゆう著・晴明鬼伝
 書店で不意に新作を見付けた際の日記。
Be influenced
 読み終えての感想。
 
 検索で『五代ゆうHP』を見付けた記念でした。7月下旬に再開されていたみたいで、以前のサイトが消えてから断続的に探していた甲斐がありました。執筆活動が順調に進みますように。ボクちんが元気を取り戻しますように。
 
■8月14日 ウィルス対策完全版。
 
 右を見ればウィルス、左を見てもウィルス。ここ数日、ウィルス情報が満開。被害に遭って騒ぐのなら、最初からドリームキャストで接続すればいいのに。どんなウィルスも怖くないし、アップデートも不必要で、メールの開封に注意しなくても大丈夫。そんな無敵で万全のセキュリティが、貴方様の素敵ネットライフをお約束です。
 CSS?FLASH?JAVA?MP3?P2P?ウィルスの恐怖から逃れられるのですから、そんな機能が失われても大した犠牲にはなりません。普通にテキストだけが読めれば十分過ぎでしょう、
 
 ウィルス対策に悩まされている皆様が早急にドリームキャストに乗り換え、日々の憂いから解放されるように願っています。そして不要になったパソコンは、如月さんにください。
 
■8月15日 Act Against AIDS.
 
 今日はHIV関連の夢を二本立てで見ました。
 
 
 1本目。90年代に大々的に展開された「Act Against AIDS」について、厚生労働省の役人と討論していました。この運動は「コンドームでエイズ感染は防げる」が骨子で、それが社会常識として短期間で浸透する程の効果を上げました。
 しかし、予防出来るのに感染したのは自業自得なんだと歪曲した宣伝を行った上、薬害エイズの被害を覆い隠した一面があるのも事実。そう感じているせいか、夢では「偏見を植えつけた責任はどう取るの?」「意図的だった訳?」等、向こうが答えられるはずもない質問ばかり言ってました。性格悪い。
 
 役人は動じずにニヤニヤと笑ってばかりで、こちらだけが憤ってる内。目覚めることなく二本目の夢へ。
 
■8月17日 後天性免疫不全症候群。
 
 二本目。寝転んでコミックを読んでおり、読み終えたら現実に起床。だから、コミックの内容をはっきりと覚えていて、夢とは思えない完成度の物語でした。
 
 母親が背負った借金の肩代わりに、人身売買の組織に売られた女の子が主人公。長きに渡り慰みものにされる内にHIVに感染するも、心身共にボロボロな彼女は気付けないまま、最後にはAIDSが発症してしまう。自覚症状が現れ出した体に、不遇な境遇にも気丈に振る舞ってきた彼女も遂に泣き崩れて、ページは終わり。少しの救いも無い、重たいだけの話。
 
 どっちも精神的に辛い。この手の問題に興味を持つように、心の奥からの忠告かも。
 
■8月19日 綺麗ごと。
 
 世の中にはどんなにお金を注いでも買えないものがあって、それは人間として貴い部分だったりして、お金だけに執着する心が如何に貧しいかをを説いている訳だけど。
 世の中にはお金でしか買えないものの方が圧倒的に多くて、ものを買えないと生きていけなくて、何をするにしてもお金は必要で、時として買えないはずのものですら買えてしまう場合もあるのだから、生きてゆくならお金は何より大切だよね、と思う。
 
 だから「お金が全てじゃない」なんて言わないし、言えもしません。
 
■8月21日 権力嫌いの人たち。
 
 国家権力は常に悪だと、何事にも感情的に否定する人々。知識人や市民運動家に目立ち、テレビ番組に出演すれば大声で下品に叫んでいます。まるで駄々をこねる子どもみたいで、共感もほとんどしません。
 否定するのは自由だし、時として大切な役割だけど。その否定出来る自由を守ってくれているのこそ、否定している権力だったりしますよね。この矛盾をどう解消しているのか伝わってこなくて。そんなに自分が住む国が嫌いなら、余所に帰化なり亡命なりすればいいんだし。
 
 理屈や正義ではなく職種やアイデンティティからの嫌悪感は、なぜかいつも醜く見えます。
 
■8月24日 嘘つく時の約束ごと。
 
 偽り無く付き合いたい関係でも、嘘はやっぱり必要悪。誰だって騙しつつ騙されつつ、お互い様で折り合いをつけています。本音と事実を嘘でコーティングせずに生きてゆける人は多分、本物の聖人君子か究極の自分勝手かでしょう。無用な擦れ違いや誤解を起こさないよう、噛み合う心と心の間で潤滑油になってくれる嘘。悪い気がしても使ってしまう程に便利です。
 だけど、お忘れなく。何かの間違いで引火したら、激しく燃え上がる危険を秘めているのを。その炎は貴方の大切な人の心に大火傷を負わせて、二度と消えない痕を残すかもしれません。
 
 嘘をつく時は、二つの約束を必ず守って。絶対に見破られないように振る舞うことと、もしバレてしまったら素直に謝ることを。貴方の大切を守るために。
 
■8月25日 4年前の24時間テレビ。
 
・1999/08/18
 そもそも一般視聴者に募金を呼びかけるのなら、その番組に出演しているタレントもギャラなしのチャリティでなければ、どこか矛盾しているような気がしますが・・・
 集めた募金よりも番組制作費の方がずっと高額なのは、言ってはいけないこと。
 
 ではでは。
 
・1999/08/19
 こう言ってはなんですが、しょせんは偽善なんでしょうね。それで救われる方もたくさんいる訳で結果論としていいことをしているのかもしれませんが、そもそもの動機「お金を集めて社会的弱者を助ける」を達成する方法として、視聴者からの募金だけを頼る方法は間違いだと思っています。
 彼らはそれを指摘されたらどう答えますかね?偽善だとわかっているならOKですけど。
 
 薄っぺらい感動と涙の向こうに、泥くさい真実があります。一時の感情に流されず、そんな逆説を見分けられる人間でいたいと思っています。
 
 
 セガ伝言板のツリー「今年の24時間テレビ」につけた返事。メール暗号で検索して見付けた当時のログは、口調や文体が微妙に違って懐かしいやら恥ずかしいやら。4年経っても番組の形態が変わっていないのは、もう芸術的ですね。
 
■8月26日 いい人の演じ方。
 
 レジで清算する時、財布の中身が少し周囲に晒されます。その見え易い位置に献血手帳やドナーカードを入れておき、周りの人に向けて善人だと主張するテクニック。莫迦っぽいのは自覚しています。
 
 だけど、こんな小さな工夫が素敵な巡り合わせを結ぶかもしれないし、きっかけは自分で蒔かないと。
 
■8月28日 親切へのお返し。
 
 落とし物を拾ってくれたり、面倒を引き受けてくれたり、親切を受けた時。本来はお礼を言うべきなのに、咄嗟に「ゴメンね」や「スイマセン」と謝ってしまいがち。これは「手間を掛けさせて申し訳無い」の意味にはなりますが、相手は悪いことをされてないのに謝られても無価値だし、折角の厚意には感謝で返されたいのが人情でしょう。
 だから、誰かに親切を受けた時には「ゴメンね」より先に、本心から「ありがとう」と伝えられるようにしたい。日常生活で実践するには難しくて、今でも反射的に謝ってしまうのは相変わらずだけど、謝ってから改めてお礼を言えるようにはなりました。とっさを求められない文章のやり取りだと、結構出来ます。
 
 同じ癖の方がいたら、同じ心掛けを持ってくれると嬉しいです。
 
■8月29日 もしも今のままだったら。
 
 もしも、あの部活に入部してなかったら。
 もしも、あの葉書に返事しなかったら。
 もしも、あの曲を聞かなかったら。
 もしも、あの本を読まなかったら。
 もしも、あの電話に出なければ。
 もしも、あのバイト先を選ばなかったら。
 もしも、あのリンクをクリックしなかったら。
 もしも、あのメールを送らなかったら。
 
 知り合えて本当に良かったと思える人たちに、知り合えてなくて。その人に影響されたことも、一緒に経験したことも無くなって。今の自分は今の自分と全然違う、別人になっているのでしょう。
 
 自分で自分が嫌いだし、否定したい過去もあるけど。無数の可能性を犠牲した積み重ねの上に、ほんの偶然に成り立った、今のままの自分を受け入れます。
 
■8月31日 夏の終わり・おまけ付。
 
 今日は多くの学校で夏休みに終止符が打たれる、悲喜こもごもな日です。悲は生徒さん。喜は主婦さん。そして今も昔も、残り残った宿題の始末にてんてこ舞いするように定められています。てんてこ。
 ちなみに如月さん、8月31日に宿題に没頭なんて哀れな過ごし方は記憶にありません。我ながら偉いです。誇りに思います。だって中学生以降、最初から宿題はやらないと決めて手を付けませんでしたから。
 
 
 おまけ。如月さんの過ごした夏休み。
 
・中学1年
 毎日クラブの練習。コンクールは大阪大会でダメ金。先輩号泣。ダメ金とは金賞だけど代表には選ばれない意味です。選ばれなくて安堵した最低野郎は私です。だって、練習なんてしたくないやん。
 
・中学2年
 毎日クラブの練習。コンクールは北摂大会と大阪大会で金、関西大会で銀。先輩大号泣。銀賞とは三段階評価の「まぁまぁ」の意味です。吹奏楽コンクールのシステムは詐欺的なのです。
 
・中学3年
 毎日ゲーセン通い。『サムライスピリッツ』の対戦に目覚める。ナコルルに目覚まされる。鷹を連れたアイヌ人の女の子で、ドット絵が衝撃的可愛さ。だけど対戦で使うには恥ずかしくて、メインキャラは服部半蔵(オッサン)にしていた、と言う葛藤。
 
 
  
■9月1日 バスの車内にて。
 
 先週末の、買い物帰りの夕方。バスに乗っていると、老婦人と2人の少女が一緒に乗車してくる。恐らくは祖母と孫。バスはそこそこの混み具合で、自分含めて数人が立っており、空席は1つ。老婦人は2人に座るように促す。
 2人は照れたような早口で、老婦人に座席を譲りたがる。老婦人は遠慮するものの、押し問答の末に心遣いに甘える。2人は満足そうな表情で、老婦人は嬉しそうな表情で、車内に静寂が戻る。
 
 窓の景色に向けた視線の端っこで、一部始終を見ていて。打算や下心と無縁なその優しさを自他共に注げる人に育ってねと、偶然で乗り合わせた2人にお願いしつつ。微笑ましい光景の記憶を車内に置き去りにしないよう、忘れ物に気を付けてバスから降りる。
 
■9月2日 夢か現か。
 
 真っ暗闇にぼんやり浮かぶ、二本の白い縦線。長さは人差し指くらい。浮かんだまま、動かない。
 しばらくして、下から上に波打つように揺らめき始める。最初は小さくゆっくりで、少しずつ大きさと速さを増す。やがて、揺れの増しと反比例に、線の色が薄れて輪郭が消えてゆく。そして、辺りの暗闇と完全に同化した時、意識が途切れる。
 
 今まで一度だけ実感した、眠りに入る瞬間。
 
■9月3日 はなさんがはいりさん。
 
 小説家の乙一とモデルのはながエッセイを連載中のWebマガジン幻冬舎は、お金を払ってでも読みたい文章が無料で読めるお得なウェブマガジン。幻冬舎には感謝の拍手を捧げたい。
 ただ、はなの顔写真はどうにかなりませんか。だって、片桐はいりに見えるんですもの。気付いた時には不覚にも笑いました。
 
 結論は、はなさん可愛いよねです。
 
■9月4日 人を嬉しくさせる才能。
 
 普通に会話したり一緒に過ごしたりするだけで、不思議と嬉しくさせてくれる人。相手の気持ちを常に慮っている証拠で、素直に尊敬します。意識しても簡単ではないことを日常でやってのけるのは、才能なんでしょうね。
 ただ、その才能は本人を必ずしも幸せにはしてくれません。足枷となって自己犠牲を強要されたり、付け込まれて利用されたり、不幸な境遇を招きがちです。むしろ、相手の気持ちを害しても平気に過ごせる才能の方が、よっぽど人生を楽しくしてくれるでしょう。
 
 だからこそ、そんな才能を大切に守っている人に、心惹かれます。だからこそ、困ったり悲しんでいる姿を見れば、力になりたいと思います。
 
■9月6日 セカンドインパクト。
 
 如月さんの生命を脅かす災厄が、刻一刻と迫っています。非常にヤバいです。国家反逆罪に問われるかもしれません。スパイ狩りで拷問を受けるかもしれません。人身御供としてコンクリートと共に川に投げ捨てられるかもしれません。想像を絶する恐怖に体が震えっぱなしです。ぶるぶる。
 
 
 その恐ろしい災厄の名は…阪神優勝。 
 
 
・如月さんは大阪生まれの大阪育ちである。
・しかし実は中日ファンである。
・街の空気が殺気立ってる。
 
■9月7日 95年に読んでました。
 
 95年に買って読んだ小説のリストが出てきました。真剣に小説家を目指していた時期だけに、1年で70冊も読んだとのこと。ただ、大事なのは量より質なので、どんな本を読んだのかを見ていきましょう。
 
 
・☆=心の名作 ♪=お気に入り !=危険要注意
 
▼17冊
●冴木忍
☆<卵王子>カイルロッドの苦難 1〜9
・道士リジィオ 1〜2
♪あなたに逢いたい 風の歌 星の道外伝
♪空みて歩こう 3
・天高く、雲は流れ 1〜2
・夢天幻想譚 1
・メルヴィ&カシム 4
 
▼12冊
●小林めぐみ
☆ねこのめ 1〜3
♪ねこたま
☆まさかな
!君が夢、河を上りて 上・下
・極東少年 1〜2
!大地をわたる声を聞け 上・下
・学校ホラー 五日目の月
 
▼6冊
●五代ゆう
☆機械じかけの神々 上・下
・はじまりの骨の物語
・遥かなる波濤の呼び声 上・中・下
●ひかわ玲子
・百星聖戦記 1〜5
♪私はウサギ
 
▼4冊
●秋田禎信
・魔術士オーフェンはぐれ旅 3〜5
・ひとつ火の粉の雪の中
 
▼3冊
●山本 剛
!魔導物語 1〜3
●日野鏡子
☆ラビア戦記 1〜3
●岡本賢一
・銀河聖船記 1〜3
●上杉 光
・次元城TOKYO 1〜3
 
▼1冊
●滝川羊
☆神々の砂漠 風の白猿神
●秋山 完
♪ラストリーフの伝説
●寺田憲史
・ダークウィザード 3
●鈴木銀一朗・他
・モンスターメーカー カードの国の大冒険
●妹尾ゆふ子
・異次元創世記
●富永浩史
・ルスキエ・ビチャージ 死天使は冬至に踊る
●中里融司
!冒険商人アムラフィ 海神ドラムの秘宝
●神江 京
・女剣闘士ルシア いつもあなたがそばにいる
●なつみどり
・海賊船ガルフストリーム
●高畑京一郎
♪タイム・リープ あしたはきのう
●南房秀久
・黄金の鹿の闘騎士
●ヨースタイン・ゴルデル
・ソフィーの世界 哲学者からの不思議な手紙
●遠藤明範
!攻殻機動隊 灼熱の都市
 
 
 ほとんどがライトノベル…。
 
■9月8日 待って、待たして。
 
 時間厳守。大抵は待ち合わせの30分前には着いています。昨冬には2時間前に到着と言う記録を残し、これは流石に自分でもおかしいと思いました。今日は絶対に遅れちゃ駄目。待ち合わせの時刻から30分引いて、バスが渋滞に巻き込まれる恐れを考えて、忘れ物に気付いたら引き返せる余裕が欲しくて、外出の準備を多めに見積もって、逆算して起床時間を設定したら全部が順調に進みまして。
 そもそも、待つのが嫌いではありません。ソワソワドキドキしつつも表面上は落ち着いていて、目の前を流れてゆく人混みの中から意中の顔を探し続ける時間は、何事にも変え難い雰囲気だから。もしかしたら、日曜日より土曜日の方が楽しい感覚のように、待ち合わせ後より待ち合わせ前の方が心は弾んでるかも。
 
 そんな待ち合わせの匠とも呼ばれるべき如月さんも、行列に並んで待つのは以外と苦手。60分で凄く美味しいと10分待ちでそこそこ美味しいなら、迷わず後者を選びます。ファーストフードでも店内が混んでいたら通り過ぎますし、気は短いですね。
 
 つまりは、待つのは得意だから気にしないでとの私信でした。
 
■9月9日 消した心。
 
 耐え難い出来事や状況に遭った時、自分を守る為に心を消すのは誰にもあること。喜びと楽しみを犠牲にする変わりに、怒りと哀しみから解放されます。
 心を消すのは緊急避難で、一時的でないといけません。消したままでいれば、そのまま感情が死んでしまうから。消えると死ぬは、似ているけど全然違って。消えたものは必ず再び現れます。太陽は沈んでもまた昇り、月は欠けてもまた満ちるように。
 
 だけど、死んでしまったものは、二度と取り戻せはしません。
 
■9月10日 チョコレート夢見て。
 
 口に含んだひとかけらのチョコレートでさえ、口の中を甘さで満たす力を秘めるように。心に投げ掛けたひとかけらの言葉にも、心の中を優しさで満たしてゆく力を秘めているのなら、本当に素敵なこと。
 
 今まで数回だけでも、自分の言葉で助けられたと言ってくれる人がいるのは、最高の幸せ。
 
■9月14日 Fallin' Love Again.
 
 不意に耳にして気に入った曲を、調べて探して買う。インターネットを始めた98年末から可能になりましたが、それまでは気に入った曲でも記憶の奥底に放置していました。多分、そのまま忘れてしまったメロディもたくさんあるでしょう。
 
「フォーリンラーブアゲーン、かっなしー君のよこーがおー♪」
 
 先日、放置されていた旋律が脳内に響きました。ニューミュージック系の女性ヴォーカルです。この機会を逃さないよう、曲の正体を必死に思い出そうとします。当時は中学生、ジュエリーマキのCFソングで夕方に流れていた。具体的な歌詞と使われていたCF。この2つで調べればすぐに気付けるでしょう。
 
・「fall love again」→わからず。
・「love again 悲しい」→わからず。
・「悲しい君の横顔」→わからず。
・「悲しい君 横顔 ジュエリー」→わからず。
・「ジュエリーマキ CMソング」→わからず。
・「ジュエリーマキ love again」→わからず。

 カハラにビーズにグローブにアイカワ、どれも明らかに違う。この検索式が正しいとは限らず、インターネット上に情報がある保証も無く、検索上手と自負していた己の自信も崩れています。そんな弱音を吐きつつ、1時間は経過した頃。
 
・「CMソング fallin' love again」→鈴里真帆
 
 言われてみれば唄声も曲調もそれっぽいけど、確信には至れず続けてうたまっぷにて歌詞を検索。
 
・Fallin' Love Again (鈴里真帆)
♪Fallin' love again はにかむ君の横顔
 
 耳に残っていたメロディと唄声が、歌詞をなぞって大きく響きます。うんうん、懐かしさいっぱい。それにしても空耳癖は昔からみたいで、「はにかむ」と「悲しい」ってどこも似ていない。
 
■9月15日 レインボー/レインボウ。
 
 更に続けて。中学生の頃にラジオで聞いて気になっていたもう1つの曲も、ついでに探してみました。
 
・『レインボー』がタイトル。
・表記は『Rainbow』『RAINBOW』かも。
・『レインボウ』だったりして。
・90年代前半の曲。
・J-POPの女性ヴォーカル。
・元気で明るい曲調。
・サビで「レインボー♪」の男性コーラス。
 
 正確に近いタイトルが判明しており、すぐに見付かりそう。まずはYahoo!ミュージックで完全一致の曲目検索をすると、百数曲が候補に。在り来たりな曲名なので予想通りとは言え、半泣きでキーボードを操作しました。条件に当てはまらないのを消し、それらしきものを1つずつ調べて、最後に残ったのが下の2つ。
 
 
・レインボウ (永井真理子)
 言われてみれば曲の雰囲気は彼女にぴったりなものの、歌詞を確認したら自信喪失。サビの歌詞と覚えているリズムが合いません。
 
・RAINBOW (樋口沙絵子)
 初見の名前なので検索。アニメ映画『攻殻機動隊』のイメージソングの歌い手とのこと。ふむふむ、それなら聞き覚えあります。年代は合うけど声質が違う。
 
 
 自分の情報収集能力ではここまで。教訓、作品名は独創的に。
 
■9月16日 元の道には帰れない。
 
 ウォーキングと呼べる程に本格的ではないけど最近、暇を見付けては片道1時間くらい歩いています。晴れの日に、ペットボトルに冷たいお茶を入れて、ハンドタオルをポケットに準備して、MDかラジオを聞きつつ近所を散策。
 今尚、厳しい残暑。強い日差しに晒されて汗塗れになるけど、運動不足の体には気持ち良い。始めた頃は炎天下を甘く見ていたせいで、脱水症状になりかけました。歩くコースは決めず、普段通る機会の無い道を気ままに選んで。駅前以外は堤防と田んぼと山しかないような地元にも、見知らぬ場所には少なからずの発見があって嬉しいものです。
 
 ただ、如月さんが生粋の方向音痴なのって、どうにかならないでしょうか。知る道から知らない道に入ると、戻ろうにも長々と同じ場所を彷徨ってしまうのは、あまりに莫迦です。迷える仔羊を助けて。
 
■9月18日 貴くて大切な感情。
 
 美味しそうなご馳走を前にして。体重は気になるけど、今日は思いっきり食べちゃおう。明日からダイエット始めるし、少しくらい太ってもいいや。
 重労働で低賃金な仕事中。こんな職場で働くのは嫌だけど、今日はとりあえず職務に励もう。辞表は用意してるから、すぐにでも辞められるもの。
 自殺したい時。悲しいこと辛いことばかりで負けそうだけど、今日は生きよう。死のうと思えばいつでも死ねるし。
 
 明日からのダイエットを言い訳にご馳走を食べる人も、辞表を持つことで仕事に打ち込める人も、いつでも死ねるしせめて今日は生きようとする人も、皆が一緒。前向きの勇気を、後ろ向きの感情で支えています。これで気が楽になるし、頑張れるし、自分を大切に出来るなら。後ろ向きになるのも悪くありません。
 
 だからもし、貴方の周りで「死にたい」と言う人がいたら、責めたり否定したりしないであげて。それは頑張って生きようとしている、大切な証だから。
 
■9月19日 死刑廃止論。
 
 国家が殺人を行うのは残虐だとか、冤罪だったら取り返しがつかないとか、どんな犯罪者でも更生の余地はあるとか、死刑では被害者の無念は晴れないとか。犯罪被害の当事者でもなければ当事者になる覚悟もないのに、四の五の言う暇があるのなら。
 死刑制度の廃止を目指すのではなく、死刑になるような犯罪を犯す加害者を減らすための運動をしましょう。モラルの啓蒙・警察組織の強化・福祉制度の充実と、いくつでも考えられます。実を結べば自然と死刑は無くなり、死刑になるような犯罪を犯される被害者も減るし。誰からも支持される、素晴らしい運動になりそうです。
 
 現実離れした空論を人権の元に振りかざして、責めるべき存在を守って守るべき存在を責めている、今みたいなのじゃなくてね。
 
■9月21日 そんな時代もあったねと。
 
 ダイヤルアップで3年以上接続してました。割引サービスは定番のテレホーダイ+タイムプラスで、電話代は月1万円以上。安くはないけど適正価格と納得して。アクセスポイントは大混雑で、朝5時にビジーなのも日常茶飯事。リダイヤルに1時間を費やすのは日課で、繋がるだけで喜んでました。
 最初のブラウザはコピー&ペーストもオフ書きも不可能。JIS変換すら出来なくて使えない文字だらけ。記号の「♪」の入力すら、複雑な手順のバグ技が必要でした。他にも、フォームの内容が大きいと送信出来なかったり、クッキーの保存もJava Scriptも未対応だったり。こんなのでサイト制作に取り組んだのは奇跡。
 
 今は常時接続だし、通信速度も桁違いだし、コピーもペーストも出来るし、クッキーの恩恵でログインも楽だし、サイト更新用のツールもあるし。昔とは比較にならないくらい便利になり、更新も捗ります。未だにパソコン無しでドリームキャストで接続していると、こんな思考回路になるので注意。
 
■9月22日 眠りの季節。
 
 未練たらしい残暑もようやく吹き飛び、寒くなりゆく季節の到来。冷えた空気が胸と肌に気持ち良く、実になごみます。なごなご。
 帰るべき季節に帰って来て落ち着いたせいか、冬生まれの体と頭が睡眠を求めて仕方ありません。とにかく眠くて眠くて、睡魔とは争わずに眠るんだけど、いくら眠っても眠さは変わらず。冬眠も出来そうです。起きて春だったら悲しいので我慢。
 
 そんな訳で、おやすみなさい。
 
■9月24日 ピュア(自称)。
 
 どんなに好きな曲を聞いても、苛立つ雑音にしか感じない。数ヶ月前からそんな困った状況になってたんですけど、その反動なのか今度は逆に、好きな曲がとことん好きに聞こえるようになりました。
 例えば小説を読んでいても、調子のいい時は頭に浮かぶ情景に重なって登場人物たちの様子が見えるけど、気が乗らない時はただ単に文字を目で追っているだけになりません?それと似てます。
 
 今までは耳先でメロディにしか触れられなかったのに、いつの間にか体と心で曲全体を包み込んで楽しめるようになったみたい。楽しさのあまり、シャーペン片手に指揮を始めていたりします。感情を込めた指揮っぷりなので、かなり恥ずかしい姿なこと請け合い。
 いい曲が本当にいい曲に思えて、ほろりと泣けたのにはちょっと驚きました。歌詞が切ないとか哀愁を帯びた旋律だとか悲しい思い出のある曲だとか関係なしに、素直に感動して溢れた涙は初めてだったから。
 
 我ながら、本当にピュアです。
 
■9月25日 くるっとゼクシィ。
 
 ウェディングドレス姿の女性が一人ずつ「パパパパーン♪」と結婚行進曲を口ずさむ、結婚情報誌ゼクシィのCF。しばらく見掛けなかったけど、秋からまた深夜帯で流れてるみたい。
 出演者の顔立ちは決して…ですが、あの幸せげなはにかみ具合と好みのメイクで、非常に可愛い。特に最後に出る方の、微妙にくるっとしている口の端が反則級にキュートです。
 
 ω←まさにこれ。
 
■9月26日 心配は免罪符。
 
 貴方を心配している→私の宗教に入信すれば救われる→私は貴方を助けたい→人の親切心を無下に扱うのは悪だ→入信しない貴方は酷い人間だ。わざわざ心配してやったのに、お前は不幸になっちまえ。
 貴方を心配している→私の言うことに従えば救われる→私は貴方を助けたい→人の親切心を無下に扱うのは悪だ→言うことに従わない貴方は酷い人間だ。わざわざ心配してやったのに、お前は不幸になっちまえ。
 
 心配している、は便利な免罪符。他人の悲しみや辛さを自分の欲求を満たす道具として利用しても正当化出来るし、それを指摘した相手を責め返せるから。そこにカルトの論理展開と違いは無いのと、自覚出来ないのかな。
 
 自己犠牲してでも助けたい、本当に大切な人に対してだけ使えるのが、この言葉なのに。
 
■9月28日 由々しき懸案・その1。
 
 悩みの種。もしもドラえもんの秘密道具の中から1つだけ貰えるとしたら、何にしよう。
 
 まず思いつくタケコプターやどこでもドアは、日常生活には役に立ちそう。タイムマシンは色々な可能性を秘めていて魅力的あるけど、タイムパラドックスが怖くて迂闊に乗れない予感。四次元ポケットを選んで中身も纏めて頂く寸法は、空っぽの危険が。
 万能系がいいよね、もしもボックスみたいに強引に夢を叶えるような。でも、あれはパラレルワールドを作る道具だから、のび太曰く「ちっとも解決にならないじゃないか!!」な欠点がある。現実のまま使える、ポータブル国会とかソノウソホントが無難かな。
 
 
※参考文献
・大長編ドラえもん5 のび太の魔界大冒険
 
■9月29日 由々しき懸案・その2。
 
 悩みの種。もしも泉の精が1つだけ願いごとを叶えてくれるとしたら、何にしよう。
 
 定番の「あと何回でも願いを叶えて!」は最強だけど、最強過ぎる故に禁句っぽいので止めておこう。ヘソ曲げられたら困るし。単純に、お金をたくさん貰えばいいや。
 ただ、ある本によれば願い方が難しいらしい。手元の1枚の金貨を100万枚にする場合、「これを百万枚にしてくれ」は1つの金貨が100万枚に分かれたもの(一見タダの砂金)に、「これを百万倍にしてくれ」は1つの金貨が100万倍の大きさになったもの(持って帰れない)に、「これを100万ゴールドにしてくれ」は1つの金貨が1000000ゴールドと刻まれたもの(本来は1ゴールド)に、「これを百万個作れるアイテムをくれ」は金貨を作る魔法の装置(ただし材料に金が必要)に、それぞれなったそうな。
 
 折角のチャンスを無駄にしそうな即物的欲求より、ローリスク&ローリターンの「今より幸せにして」みたいな、精神的なお願いが無難そう。
 
 
※参考文献
・ファンタジーRPGクイズ 五竜亭の一夜
 
■9月30日 過去ログ追記。
 
 14日分の追記。鈴里真帆のCDアルバムを購入して確認しました。正解でした。帯にはジュエリーマキじゃなく「ファニイTV・CFイメージソング」と記載。ヨーロッパ風の街で子どもたちが画面を背に歩いていく中、1人だけこっちを向いて佇む女の子がいる、そんな映像。これも記憶違いか。
 
 15日分の追記。永井真理子のCDアルバムを購入して確認しました。不正解でした。これで樋口沙絵子のも違えば、あの曲探しは迷宮入り。
 
 5月27日分の追記。よしもとよしとも『Greatest Hits+3』を購入して、無事に『東京防衛軍』の原作を読めました。この本は99年にセガ伝言板のコミックBBSで質問した際に教わり、お礼に添えて「見付けたら必ず買います」と書き込んだはず。
 
 あの時に返事をくれた方へ。教えて頂いてありがとうございました。尋常じゃなく遅くなりましたが。
 
■10月2日 くすぐったがりの髪。
 
 髪を触られるのは至福の時間。美容師に何なりとされてる時も、久々に会った人に「伸びたね」と触られる時も、相手に委ねる気持ち良さをふわふわっと感じます。
 くすぐりポーズ=指文字の「え」みたく、指全部を手の平に曲げた形を見せられるだけで笑うほど極度のくすぐったがりなせいもあって。くすぐられる心配の無い髪を触られるのは特別好きです。触るのも好き。
 
 神経が通っていないのに確かに感じる、不思議な気持ち良さ。肌を通して体に伝わる直接の感覚が無い分、心に伝わる精神的な幸せを実感し易いのかも。
 
■10月5日 幸せのタイピング。
 
 タイピング歴は約9年で、ベテランを名乗っても差し触りありません。どんな文章でも初見で叩けます。ミスはします。そんな自信過剰の如月さんが弱点を自認するのが、「幸せ」です。
 
 入力の「siawase」は7回中5回が左手の薬指と小指の担当。これが意外に厳しくて。指が絡まりそうになったり、爪がかち合ったり。リズム良くキーを叩いていたとしても、テンポが乱れてしまいます。
 左手の薬指と小指は日常生活で出番の少ない指の筆頭で、思ったように動かなくて当然です。そんな箱入り娘の嫋やかな指を、タイピングに必須だからと酷使させるなんて、心苦しくて出来ません。よって、これからも「幸せ」を入力する時は今まで通り、指を労りつつタイピングします。
 
 弱点とか無関係に、自分の指を大切にしたい。
 
■10月6日 敬いは条件ありき。
 
 年長者に先輩に親に教師。そんな自分より目上の人たちを、敬いなさいと教える前に。年少者に後輩に子どもに生徒。そんな自分より目下の人たちに、敬われるようになりなさいと教える方が、ずっと重要。
 
 目下の者が敬わない、礼儀知らずだ、なんて言い分は責任転嫁。まずは自分が敬われるに値する人物になるよう、努力しないと。
 
■10月8日 持ちつ持たれつ。
 
 短距離走の選手を見て、マラソンの選手は「あんな短い距離しか走らないのは狡い」とは感じずに。きっと「あんな速さで走れるなんて凄い」と、尊敬。
 マラソンの選手を見て、短距離走の選手は「あんな遅く走るなんて楽な競技」とは感じずに。きっと「あんな距離を走り切るなんて凄い」と、尊敬。
 
 同じように。長編作家は短編作家を「私も物語を短く纏められる才能が欲しいよ」と、短編作家は長編作家を「私も長い物語を書けるようになればいいのに」と、お互いを羨ましがって。隣の芝生は青く見える、そのものな関係。
 
 尊敬の対象だったり羨ましいばかりだったりで、いつも劣等感を与えられてしまうあの人だって。隣の芝生が青いなら、それと同じ感情を自分に対して抱いてくれるかも。そう思えたなら、少し自信が持てます。
 
■10月9日 こんな試みは如何?
 
 ミステリー小説。冒頭で飛行機の墜落事故が起きる。巻末2ページに余録があり、事故の死亡者名簿が数百人分並んでいる。現実味を帯びた名字や年齢が生々しくて、読後感を嫌なものに。
 これは夢の中で、乙一の新作として読んだ本。最後の最後で読者に一杯食わせるのが、彼らしいと思わされてました。名も無いまま作中で死んでいった人物の重みが出せて、読み手を驚かせる効果もあって、人命が軽く扱われ易いミステリーものに合いそうです。
 
 どなたか使ってくれないかな、と期待しつつ。既に同じようなことをしている作品があったりして。
 
■10月10日 ドリームキャスト故障。
 
 如月さんのインターネット接続端末、ドリームキャストが壊れました。電源は入るしパッドも認識するけど、モーターが「ゆあーん」「ゆおーん」と中原中也的な怪音を発し、ディスクをうまく回せません。故障は3回目、本当にやわなお方。
 前から調子は悪くて、チャット中に「キュルキュル変な音してる!」と喚いたことも。騙し騙し使ってゴメンね、キュルってる時に叩いてゴメンね、お勤めご苦労様。押入の奥でお休み下さい。
 
 インターネットの無い生活を我慢出来るはずもなく、良い機会だと遂にパソコンを購入…とはならず、初めて故障した時に修理を待てずに買った、2台目を使っています。パソコンは永遠に高嶺の花ですよ。これを買った時もF1日本グランプリの開催中で、F1が日本に来るとドリームキャストが壊れる因果があるみたい。来年も気を付けよう。
 
 如月さんのマニフェスト:ドリームキャストで頑張れるところまで頑張る。
 
■10月12日 神様からの箝口令。
 
 困りごと。大きめの声を出したり唄ったりすると、次第に喉が詰まったような違和感に襲われて、軽く咳が出ます。ゴホゴホで治まればいいけど、咳をしても違和感はそのまま。次第に咳が止まらなくなり、息が吸えない喘息状態に。
 この症状、昨年の春から続いています。普通じゃない状態が慢性化してるのは少しは不安にならなきゃ、と最近になってようやく思い始めました。鈍感。
 
 もしや、神様から「お前は喋るな」との忠告とか。
 
■10月13日 安倍晋三幹事長来る。
 
 12日のお昼。自民党の安倍晋三幹事長が来るとのことで、駅前で観戦しました。
 
 現地には30分前に到着。時の人だし相当の混雑を覚悟していたら、それほどでもありません。流石に本人が颯爽と登場した時には、何千人規模になっていた模様。応援演説はそこそこに、社交辞令を選べて5分くらいで帰っちゃうのかと思いきや、秋離れした炎天下で40分間の熱弁でした。
 今までの小泉内閣の成果から政権公約、そして他政党批判に候補への応援。これらを全て整合性を持たせて流れるように進めた演説には、素直に感心させられました。語り過ぎず、煽り過ぎず、締めるべきは完璧に締める。内容に首を傾げるところもあったけど、語り口は最高に上手です。
 
 当然触れられた拉致問題、現民主党党首には過去に相当悔しい思いをさせられた様子。今では選挙の敵を致命的に貶める材料になるのだから、因果応報ですね。駅前まで歩いている時に民主党の選挙カーが通りましたが、スピーカーからはお決まりの「お願い致します!」と理由を伴わない小泉批判だけでした。正当な根拠で貶められ、主張はお門違いで、このままじゃ大敗しちゃうぞ。
 
 尚、演説中「タカ派とはなんでしょう。ダイエーホークスファンのことでしょうか?」と安倍ユーモアが炸裂したのは、国家機密扱いです。
 
■10月15日 気付けないもの、こと。
 
 自分がやられて嫌なことは、他人にしない。基本なのに軽く考えてたね。難しく考えた上だから大丈夫と、心に言い訳してたね。誰にも言えずに胸の奥に秘めて、忘れた振りしてた記憶。15年の時を経た今になって芽吹いて、それによって失っていたものの多さを教えられたけど。そんな記憶と同じことを、無意識の内に自分が行っていた過去。
 
 「今の貴方には大切なものが見えてない」と言われても、何も気付けなかったあの頃。
 
■10月16日 香ぐわしき柑橘。
 
 近頃、無性に柑橘系の香りが恋しくて。手持ちのオレンジとレモングラス以外も試そうと買った、グレープフルーツの香油。味が好みじゃないから香りも駄目だろうと敬遠していたけど、意外に仲良くやっていけそう。匂ってもすぐ匂いたくなって、この清々しい香りが止められない止まらない。
 
 嫌煙家の如月さんもほんの少し、煙草を我慢出来ない人の気持ちがわかりました。
 
■10月17日 私行、貴方様。
 
 往復葉書が届いた時、返信の宛先に「行」でなく「様」と書いていたら、どう思ったり思われたりするのか。ずっと疑問です、この習慣。だって「行」と書くのは、わざわざ送り返してくれる人に「様」と書き換える作業を強要しますから。
 でも、最初から「様」にしておけば、そんな手間が不要に。一見はマナー違反の書き方こそ、相手への気遣いになる。だから、往復葉書を送る時は威風堂々と、返信は「様」にします。一部からマナー違反だと罵られようと、わかってくれる方がいると信じて。そして、いつの日か習慣が変わりますように。
 
 そう普段言っている奴も。結局は波風立たないように世間の常識に従ってしまう、価値観の不の連鎖。
 
■10月19日 信じてたのに。
 
 どんなに信用していた人だとしても、裏切られた時に「信じていたのに」とその信用を利用して責めるのは、良くないと思っています。責めるべきは当然、信じるのを迂闊に決めてしまった、莫迦な自分です。
 裏切るのは絶対に駄目なんて信じ方は、あまりに期待し過ぎでしょう。そこまで求められる程に自分が潔癖でないのを知ってるし、僅かな過ちを許せないのは心が小さいし。信じて構わないのは、そんな隠していたものが明るみに出た時に、素直な罪悪感から謝ってくれる人だと言うこと。
 
 もし、誤魔化したり、謝ってくれなかったら。その時初めて「信じていたのに」と責めてあげたい。そのくらい、大事して使いたい言葉。重たい意味を抱える言葉。そして、貴方へ注いだ気持ちの証。
 
■10月20日 電化商品の自然治癒力。
 
 怪我や病気の時、薬に頼らなくても治す力が生物に備わるように、家電製品にも自然治癒力があります。例えば、考え得る様々な方法で回復を試みたのに、ウンともスンとも言わなくなったMDプレーヤーを、箱の中で数年休ませて久々に起動させたら、見事に直っていました。尚、「考え得る様々な方法」とは、振ったり叩いたり落としたり回したり齧ったりです。
 
 余計に壊そうとしてるとは失敬な!
 
■10月21日 夢見騒がしく。
 
 最近、とても寝付きが良いです。以前は眠る体勢に入って1時間は意識が続くのに、今は30分以内に眠れています。好みの寒い季節に日々近付き、心が安らいでいるからかも。だけど、困ったことに寝付きとは反対に、夢見が悪くなってしまいました。
 戦争をしていたり、災害が起こったり、通り魔に襲われたり、スプラッターは苦手なのに流血が多い。空飛ぶとか、物語の中とか、冒険とか。如月さんが見るべきジャンルはそう、恥知らずメルヘンチック系でしょう。
 
 夢占いの本によれば「戦争」は「心の中の迷い」だそうな。常に迷っているから、夢で暗示しなくて構構わないってば。
 
■10月22日 ゆきあかね。
 
 ゆきは雪、あかねは茜。成り立ちは「春茜」から。春茜→冬茜→雪茜→ゆきあかね。
 
 雪の白が支配する景色に埋もれ、肌も髪も雪と同化してゆく中、唇の暖色だけが灯火のように映えている。当初は己の身を雪の下に捧げて、雪で作った花びらを咲かそうとするお話でしたが、文章力が追い付けなくて幾度か書き直す内、諦めて路線変更。
 茜色。真っ先に浮かんだのは、安直に血。血を扱うには語感が似合わず、唇にしました。どちらにしろ茜色と表現するのは強引だけど、ここでの「茜」は「雪」との色の対比でしかないので、お察し下さい。
 
 そんなこんなで仕上がった『ゆきあかね』です。
 
■10月24日 まだ来ぬ季節に。
 
 冬生まれの冬好きとして、これからの愛しい季節を大切に過ごしたいと思う秋の終わり。そして、3月初旬。冷気に混じる日差しの暖かさに気付き、去ってしまった冬への忘れ物に後悔するのがお約束。
 でも、そのくらいで良いのかも。無駄に過ごせたと自覚出来るのは、穏やかに日々が流れていった証拠だから。あれやこれやで忙しい日常は、良いことも悪いことも結局は疲れに収束するから遠慮します。
 
 どうか、静かで彩られた季節になりますように。
 
■10月25日 馬鹿を莫迦と書く。
 
 バカは馬鹿ではなく莫迦と書きます。字面の印象が柔らかいので、必ずです。「馬鹿」は「お前は人非人で穀潰しな上に変態な大馬鹿者!」と本気で嘲笑する雰囲気だけど、「莫迦」は「このお茶目さん♪」と、おいたが過ぎた子どものおでこをコツンと弾く風に感じませんか。
 ただ、ドリームキャストのブラウザの変換能力は中学生レベルで、「ばか」は「馬鹿・羽か・場か・馬か」しか候補に挙がりません。そこで「ばく」と「しゃか」で漢字表示し、1文字消して完成させます。そこまでするのが莫迦らしい、とは言わないで。
 
 尚、きっかけは小説家の新井素子。彼女は「莫迦」の使用頻度が非常に高く、さっき確認した『くますけと一緒に』の新潮文庫版の226ページなんて、12回も使っています。まさに観測史上最高莫迦量です。故に、インターネット上で「莫迦」と変換している人は、素ちゃんの影響だと決め打ちして良いでしょう。
 
 数年前に「馬鹿を莫迦と書く新井素子さん」を第一声に知り合えた方もいて、奥が深い言葉です。
 
■10月27日 囲みたい人と言われたい。
 
 小さい頃から、囲まれた小さな空間が好き。
 
 エレベーターは角っこ、電車の席は隅っこ。外食する時はテーブルの奥側に座るし、寝床は布団でもベッドでもなくソファー。ハムスターが狭い空間を探すみたいに、なるべく壁で囲まれた場所を求めています。
 それが好きだから、と言うよりも。壁に接している面積が少ないと、胸がもやもやとして落ち着けないのが原因。四方が開かれれば開かれるほど、心が張り詰めて疲れてしまうのは何なんでしょ。
 
 ある意味で反射、ある意味で刷り込み、ある意味で強迫観念。もしかしたら、幼い時の無意識が自分を守ろうとした名残。
 
■10月28日 お借りしてます。
 
 昨日の「囲みたい人と言われたい」は、Chara『私はかわいい人といわれたい』から拝借。本当は「私は囲みたい人と言われたい」にすべきだけど、レイアウトの都合で日記の題名は12文字以下にしないといけない為、泣く泣く削りました。付け加えれば、「本と本棚と私」は平松愛理『部屋とYシャツと私』から、「元の道には帰れない」は谷山浩子『ねこの森には帰れない』からです。
 
 Chara・平松愛理・谷山浩子。うんうん、片寄ってる。片寄ってるのは確かなのに統一感が無い。
 
■10月29日 広小のカモシカ。
 
 地べたに座って、足を左右に開いて、前を向きながら限界まで屈んでいけば。胸は無理としても顎は床にくっつく。筋が伸びて気持ちいいと言うより実は痛いけど、静止だって笑顔で20秒間こなせるし、屈みたい気持ちは誰にも抑えられない。それが開脚前屈。
 
 そんな自慢の体の柔らかさも、日常生活で役に立たないのが悲しい。銃弾を瞬時の判断でブリッジして避ける機会が、たまには欲しい。
 
■10月31日 ゴメンの大量生産反対。
 
 悪くもなければ謝るべきでもないのに、気安い感じで「ゴメン」と言う人。謝られても嬉しくないし、むしろ気遣わせてしまうのを理解しているはずなのに。本当に心苦しいならそこまで予想し、謝るのを遠慮しようとは思わないものか。自分含めて。
 
 信頼関係の成立時、些細な問題において。敢えて「ゴメン」を言わないのが、相手へ「ゴメン」の気持ちを抱いている印に。気を付けないと、とっておきの「ゴメン」の力が弱くなってしまいます。
 
 
  
■11月1日 身近な現実の例え。
 
 周りの静止に聞く耳持たず、泥酔状態で自動車を運転。当然のごとく人身事故を起こしたのにも拘らず、臆病だから停車する勇気も無く一目散に逃亡。24時間後にようやく現場に戻ると、己が撥ねた被害者が虫の息で横たわっており、素性を伏せて119に電話。奴の言い分は「俺は救急車を呼んでお前を助けようとしたんだから何も悪くない、責められてたまるか。むしろ感謝されるべき」とのこと。
 
 自分にとって、身近な現実の例え。
 
■11月2日 私的テーブルマナー。
 
 ファミレスで注文するのはオムライスかドリアで内定しており、メニューは見るまでもありません。もしも「注文の品を早決め選手権」が行われれば、日本が誇る屈指の即決王と尊敬を集めるでしょう。同じのばかりと指摘されたら好物だと返しますが、これは半分嘘だったり。本当の理由は、食べるのが簡単だから。
 
 苦手なんです、ナイフとフォークが。お皿の音を立てたり、なかなか切れなかったり、不器用者は人様の前で緊張を強いられます。普段はお箸を右手で使うのに、フォークは左手で使うのがおかしい。故に、ファミレスの代名詞のハンバーグやステーキは選びにくくて、ご飯とおかずが別々のメニューを避け、パスタ類も綺麗に食べるのは難度高いし、前述の2つが残る訳。美味しく頂けるのも理由の内で、食べ易くてもサラダは絶対に勘弁。お子様味覚は生野菜を嫌います。
 ちなみに、ナイフで切り分けてからフォークを右手に持ち替えるのは不許可。それは現状打破ではなく妥協であり、妥協は即ち敗北です。如月さんの薄っぺらいプライドが許しません。
 
 フォークを左手から右手に持ち替えないことを、オムライスとドリアに誓います。
 
■11月3日 一家三人殺傷事件。
 
 今日の新聞によれば、先日の一家三人殺傷事件で少年と共に逮捕された少女は、ゴシックロリータの嗜好者とのこと。紙面では中学生時代の文集まで添えて騒いでいるけど、そこまで大々的に伝えるべき事象でしょうか。
 そんな彼女の本棚から乙一『GOTH リストカット事件』が見付かったら、自称有識者の非難を浴びそう。死や殺人に対して興味を抱くのは、思春期には別段珍しい傾向ではないのに。育ちゆく感受性や洞察力が、不幸な方向に優れてしまったなら尚更。余計な心配だろうけど。
 
 ゴスロリ趣味だから犯罪者になったではなく、犯罪者になった彼女がゴスロリ趣味だったが正確。わざと履き違えて報道で煽るのは、いい加減に止めて。
 
■11月4日 医薬部外品です。
 
 今冬の快挙、生まれて初めてリップクリームを使い切りました。塗っても塗っても減らないから、最後までお付き合いするのは不可能だとばかり。今年はトランペットを吹いていた頃以来の唇の痛み具合で、年内にもう1本を消費出来るかもしれません。
 
 次の使い切り目標は、5年選手なのに半分以上残る、スヌーピー消しゴムで決まり。
 
■11月5日 アナザー・メモリーズ。
 
 とあるゲームソフトの感想を掲示板に書き込もうとしたら、書き始めると止まらない症候群を発症。書いても書いても終わらないと呻きつつ書き続けて疲れてしまい、日記を書く気力が起きません。今日はその書き込みにリンクを張ってお茶を濁します。長文注意、これでも1/3にしたのに恐るべし症候群。
 
 
 ⇒アナザー・メモリーズ
 
■11月7日 予定は先延ばし中。
 
 やっておかないといけないことを、少しずつ先延ばしするのが得意技。口癖は「今でなくてもいい」「いつでも出来る」「明日にしよう」です。決して誉められたものではないけれど、この心持ちに随分と助けられる時も。説明しても共感してもらえなさそうなので、ここでは秘密に。
 
 延ばせば延ばす程に良いことって、何でしょう。
 
■11月8日 書けるものを書きたい。
 
 この日記を続けて気付かされたのが、書きたいものを書くのが意外に難しいこと。自分の書きたいものが、自分の書けるものとは限らないみたい。使えそうなテーマは一行メモで保存していますが、書くより思い付く速度が上回り、どんどん溜まってしまいます。文章力の無さの現れですね。
 
 ふう、これでメモが1行減ります。
 
■11月9日 語る資格も無い選挙の話。
 
 今は23時前。まだ大勢は決まっていないけど、このまま進めば事前の世論調査と違う結果を迎えそう。こんな現象を何て言うんだっけ…と悩み悩んだ如月さん、どうしても思い出せないので調べます。オンライン辞書で逆引きしても見付けられなかったけど、「予想を覆す 効果」の検索でわかりました。
 我が選挙区において、自民候補は民主候補に負けている様子。新聞紙上で不利と伝えられてたものの、あの安倍幹事長からの持ち上げられっぷりを見た者としては意外。後日に小泉総理まで応援に来たらしくて、そこまでしてもらって負けたら本人のせいでしょう。
 
 奥様が身重で大変な時期に、落選したら気の毒ですね。投票に行かなかった奴が言える台詞じゃない?ごもっとも。
 
■11月11日 スプラッター。
 
 鼻歌交じりご機嫌で、産毛を剃っていました。鏡と睨めっこしながら軽快に顔へ剃刀を走らせ、次はうなじです。面倒がり屋は三面鏡も合わせ鏡も使わず、髪を上の方で結って手の感覚に頼ります。
 心の目で見えるから大丈夫と調子に乗っていたら、刃滑りに嫌な手応えが。擬音で例えるとギシギシ。ティッシュを手に取りうなじを拭うと、それはもう真紅の花が咲いていました。斑模様に広がって咲き乱れてました。一説によれば自分の血は緑色ではないかと言われており、一安心でした。
 
 パッケージに堂々と「横すべりしても肌を守り、安心して使える安全ガード付」と謳っている癖に、この狼藉は無礼千万。メンソレータムを傷口に塗りつつ、凶器となった道具に毒突きます。もちろん、己の不器用と不注意は棚に上げて。
 
 そんなこんなで如月さん、傷物になってしまいました。もうお婿に行けない。
 
■11月12日 瑠璃ノ薔薇は玻璃ノ薔薇。
 
 誤字・脱字には注意しているにも拘らず、記述ミスは尽きません。今回は五代ゆう『玻璃ノ薔薇』を、『瑠璃ノ薔薇』と勘違い。瑠璃と玻璃、意味同じな上に文字似過ぎ。読みも「ルリノバラ」でも「ハリノバラ」でもなく、「ガラスノバラ」だそうで何てこったい。ここは文章ばかりのサイトだから誤字は致命的で、今更だとしても密かに修正します。
 
 しめしめ証拠隠滅出来たと、余裕の笑みを浮かべてたら。「瑠璃ノ薔薇」を検索すると…隠滅失敗。
 
■11月14日 むしろ喜ぶ不幸せ。
 
 普通の感覚なら良い結果の方が嬉しいはずの、今日の運勢。如月さんは逆に、悪い方が嬉しいです。悪いことばかりの日になったとしても、占い通りで仕方無いって諦められるから。それに良いことが起きてくれたら、運勢の回復する明日以降は更に素敵な日になるはず。どっちに転んでも心配いらずです。
 もし、良い結果の日に悪いことばかり起きたら、災害級の一大事。最高の運勢でも今日は最低だったから最低の運勢だと…あぁ、恐ろしい。
 
 悲観論者は悲観論者なりに、楽観的な方法で自分を守ろうとしています。
 
■11月15日 得して損取れ。
 
 視聴率が欲しいが為に、視聴者の神経を逆撫でするタイミングでCMを挿入するテレビ番組。最初は効果があったとしても、蔑ろにされて反感を持った視聴者は、CMが飛ばせるよう録画して見たり、そもそも番組を見なくなったり。
 手間を掛けずに売り上げを伸ばしたくて、初回生産分の後に廉価版や特典版やリファイン版を発売するゲームソフト。最初は効果があったとしても、次第に騙された気分になったユーザーは、発売日に購入しても損するだけなので買い控えしたり、そもそもゲームへの興味がなくなったり。
 
 あざとい手段で得た利益は、後々に不利益に変わりがち。何をどうすれば真の利益に繋がるのか、ちゃんと熟慮して下さい。
 
■11月17日 暴力には降伏すればいい。
 
 戦争になって攻められても、抵抗せずに降伏すればいい。
 
 小学校高学年の時、担任だった女性教師の台詞。反戦教育の一幕で「戦争になったらどうしよう」なんて、現実的には完全に無意味な議題を持ち出しました。教師の言葉は絶対正義で、同級生の大半は当たり前に賛成。だけど、自分含めて数人だけ、毅然と反対した子たちもいました。
 例えれば、いじめられっ子はいじめっ子に逆らうなって意味でしょう。家庭内暴力に悩む子どもは、黙って親に従いなさいって意味でしょう。理不尽な暴力には無抵抗で耐えろと教育現場で唱える罪深さを、彼女は理解していなかったのでしょうか。
 
 それこそ、かの校内児童殺傷事件みたいに刃物を持った狂人が乱入するような、恐ろしい事態に襲われていたら。彼女は教師としての責任や義務を放り出し、生徒を庇おうともせずに逃げ惑ったのでしょう。そして、何人もの生命を犠牲して己が助かったと、安堵していたのでしょう。恐怖にひれ伏した心の弱さのせいならともかく、正しい行いだと信じた上で。
 
 理不尽な暴力に虐げられた者を助けるには、暴力で立ち向かうしか方法は有り得ません。守りたい人を守る為に手を汚す覚悟を持つのは、間違いですか?
 
■11月18日 リストカット事件事件。
 
 3日分で「逮捕されたゴスロリ趣味の少女の本棚に、乙一『GOTH リストカット事件』があったら困る」旨を書きました。でも、まさかそんな展開にはならないだろうと思っており、「余計な心配」と添えて。すると、Webマガジン幻冬舎に、こんな一節が。
 
>殺人者(の彼女?)の本棚に小生の本が
>あった件について考える。
>その本はずばり「GOTH」という
>殺人鬼についての本だった。
 
 嫌な予感に限って的中しなくてもいいのに。
 
■11月19日 不思議なままの体験。
 
 今まで他言していない、小学1年生の時のお話。
 
 その日も普段通り、黄色い粒の匂い玉がたくさん入った、小指サイズの瓶を学校に持っていきました。20円のガチャガチャの当たりで、パイナップルの香り。当時は匂い玉やビーズの見せっこが流行っていたからです。
 下校間際、瓶が無くなっているのに気付きました。落としたか、盗まれたか、どちらにしろ探し出すのは非現実的だと自覚し、悲しい気持ちで帰宅します。ランドセルを下ろして、学習机に向かうと  机上の中心にぽつんと、小さな物体。いました。
 
 そこにあったのは、黄色の粒の匂い玉がたくさん入った、小指サイズの瓶。
 
 その日に学校で無くしたのは確実にも拘らず、自宅で持ち主の帰りを待っていた。脳内の疑問符を余所に、大切な物が手元に戻った事実だけを喜びました。約20年経って振り返っても説明不可能な、不思議が不思議なままの体験です。
 
■11月21日 たまには弱音。
 
 いつも頑張っているしたまには弱音吐いてもいいよねと思いつつ、お前は頑張っている振りだけで弱音ばっかりと思いつつ、頑張っている人ほどそれに気付けないものと思いつつ、お前より頑張っている人なんて山ほどいると思いつつ、周りと比較しても無意味と思いつつ…以下、自己肯定と自己否定の無限回廊。
 
 だから、他人からの評価が恋しい訳ね。
 
■11月22日 小物入れの中身リスト。
 
 外出時に持ち歩く、小物入れ。あれもこれもと詰めていく内に、何が入っているのかわからなくなってしまったので、リストアップして整理しましょう。
 
 
折りたたみブラシ/ハンカチ/ポケットテッシュ/ウエットテッシュ/リップクリーム/家の鍵/小ノート/ボールペン/メンソレータム/バンソウコウ/コンタクトレンズケース/目薬/コンパクトミラー/眼鏡拭き/綿棒/耳栓/シャチハタ/水晶/アメジスト
 
 
 吟味した結果、全部必要。
 
■11月23日 氷の指先。
 
 冷たい。指が思うように動かず、今はタイピングもままなりません。スピード違反で罰金を払って以来、法令順守で安全運転な原付走行が、昨今の寒さとの合わせ技で手を凍えさす凶器と化しました。手袋を突き抜けて柔肌を襲う冷気は、手の平をお湯に浸しても衰えません。
 
 尚、その手袋を買ったのは100円ショップです。
 
■11月25日 読めない手紙、12年前。
 
 小学校の卒業制作で校庭に埋めた、なんちゃってタイムカプセル。1人に1つずつフィルム入れに詰めたのは、20歳の自分宛の手紙。成人式を迎える年に掘り出すとの決まりでした。
 その年齢はとっくに過ぎて、8年間を地中で過ごしたフィルム入れは現在、手元に戻ってきたけど。未だに封を破りもしないで、手の届かない場所に眠らせています。
 
 あの頃の自分にとって、今の自分が誇れるようになった時。初めてこの封印は破られて、ありし日の自分と向き合うことになりそうです。
 
■11月27日 レゲー=レトロゲーム。
 
 ゲームソフト、買い過ぎました。さっき数えてみたら、今秋だけで合計31本。既に半数はエンディングを迎えているのも、大人として如何なものか。言い訳しておくと、1プレイ目でクリアしたアクション・シューティング系と、数時間で終わるアドベンチャー系が多数で、やたらめったらやり込んではいません。
 そんな無駄遣いして…とは言わせません、総額は1万円未満だから。如月さんは超値切り上手なのです。4年は御無沙汰だったゲームショップにあるきっかけで久々に出向いたら、昔欲しかったレゲーが激安で売っていて。とっくに店頭から全滅と思い込んでおり、笑顔で購入しました。
 
 それに味を占めて他店も周り、めぼしい品を買い尽くして。次に隣町に攻め込んで偶然見付けたのが、地元とは比較にならない程にレゲーが充実する店舗。十代の頃には高価で手が出せなかったり、中古ですら見掛けもしなかった品が、ずらりと並んでいます。大半が数百円で、しかも「本日はレゲーは半額」なんて張り紙が。買わずに後悔するなら、買って後悔しろとです。如月さんの物欲は燃え上がり、燃え尽きました。
 それにしても、どこでも多かれ少なかれレゲーを置いていたのは意外。一部の有名店でしか取り扱わない際物かと思いきや、何年も入店しない内に市場に変化が起きていたとは。楽しく嬉しい買い物が出来て、ありがたかったです。
 
 最近は新作が本当に売れなくてレゲーを扱うゲームショップが増えた、なんて原因だと切ない。
 
■11月28日 天秤じかけ。
 
 親から注がれる、愛情とお金。
 
 もしも生まれる時に、神様から「どちらか片方を選択するなら、選ばなかった方には恵まれない代わりに、選んだ方を必ず満たしてくれる親を授けるぞ」なんて言われたとしたら、迷わず後者を選びます。どちらも満たされるのが最も望ましいけれど、昔から高望みは苦手なんです。
 例えば離婚にしても、世間の価値観では「子どものためにも、両親が別れるのは良くない」となりますけど。離婚を考えるに至った家庭は現時点で子どもへの負担が相当なはずで、そんな状況を維持して更に負担を増やすより、さっさと離婚して片親の枠組み内で幸せを育んだ方が、子どもにとっては幸せでしょう。
 
 無茶にベストを目指して、酷いワーストを味わうより。犠牲はあっても、最後にノーマルかベターな結果をもたらしてくれる選択肢の方が好きです。
 
■11月30日 回線速度改善の真相。
 
 約2ヶ月くらい平日の深夜と週末は終日、通信速度がダイヤルアップ並の遅さに。ドリームキャストでインターネットが時代錯誤なのは認めますが、この遅さにはクレームの電話を入れる間際でした。ただ、先週辺りから様子が一変してくれて、心の中で苦情を入れるだけで対処してくれたプロバイダに感謝です。
 軽くなった本当の理由は、先日のファイル共有ソフトで逮捕云々の報道で、インターネット全体のトラフィックが減ったからみたいだけど。突然改善と逮捕報道、時期がぴったりと重なります。ほとぼりが冷める頃にまた、元に戻りそうな予感。
 
 ADSL8Mとは信じられない驚きの遅さを繰り返さぬよう、パソコンユーザーはドリームキャストユーザーに迷惑を掛けないで下さい。
 
■12月1日 とりあえずしておくこと。
 
 何かしないといけないのに、何をすればいいのかわからない。そんな時は、どう転んでも損にならないであろうことをしてました。かなり前は、小説書き。少し前だと、お金稼ぎ。そして今は、身辺整理。
 
 どんな状況になったとしても、より身軽になった方が便利だろうから。捨て下手な如月さんには難しいけど、少しでも持ち物を減らしましょう。
 
■12月3日 ミスキャスト。
 
 あの頃は無理して、無理して、無理していたと思い返す。
 
 それまでエキストラとして画面の奥にしか映っていなかった役者が、突然主役に抜擢されたようなもので。身の程に合わないオファーなんて、いつものように断ればいいのに。あの時に限って、むしろ自分から求めてしまった。今なら笑える。
 心構えも実力も伴わないまま演じる役柄を誤魔化せていたのは最初だけで、剥がれかける化けの皮を隠して、上から新しい皮を被って、しばらくすればまた剥がれて。よくやってたなと感心。
 
 わざわざ演じなくても与えられた配役をこなせるような、相性ぴったりな脚本に恵まれたい。
 
■12月4日 部分的記憶喪失。
 
 中学2年生の時に吹奏楽コンクールで演奏した課題曲を、なぜか思い出せません。自由曲が『サロメ』なのは確かで、練習の比重は自由曲に傾くから課題曲の印象が薄い当然ですけど、全然覚えていないのは不自然です。曲名はおろか担当したパートも楽譜も、一切が頭から抜け落ちてます。1年生の『コーラル・ブルー』はちゃんと覚えてるのに、なぜ。
 曲名さえわかれば思い出せるはずと、当時同じ部活だった人に教えてもらっても駄目でした。よぎる言葉は、部分的記憶喪失。もしや、吹奏楽コンクールの記憶が誤りで、実は中学時代に部活なんか入ってなくて空想で作り出したのが真相だったりして。
 
 全力で否定したくても、材料が無いですね。
 
■12月6日 小さい頃は女の子。
 
 幼稚園の卒業アルバムと、久々のご対面。そこには、女の子にしか見えない自分がいました。ワンレングスの髪の毛はサラサラツヤツヤで、ばっちりおめめに宿るは純粋な煌き。背丈は同世代でも目立つくらいに小さく、柔らかな表情には生まれ付きの臆病さが見え隠れ。自分で自分に「可愛い」と思ってしまう程でした。倒錯の世界です。
 ポイントが高いのは、ガーリッシュな男の子ではなくて、ボーイッシュな女の子に見えるところ。小さい頃は女の子によく間違えられいたなんて、今や熱弁しても誰も信じてくれないけれど、この写真を見せれば大丈夫ですね。自分すら嘘っぽいなと訝しくなっており、胸を撫で下ろしました。
 
 髪にも瞳にも表情にも、当時の面影は微塵も残っていません。時の流れって残酷。
 
■12月7日 藤田朋子似。
 
 誰がって、如月さんが。今じゃないです、昨日のアルバムでのお話。芸能人の誰かに似ていると思うも名前が出てこない写真があり、その幼き日の顔を眺め続ける内に閃きました。うん、女優の藤田朋子だ。
 
 彼女は1965年生まれで即ち、幼稚園の自分は40歳目前の女性に似ていたと。なるほど、喜べない。
 
■12月8日 あったりなかったり。
 
 意味の無いものを、意味ありげに書く。
 
 単なる言葉遊びだったり穴埋めとして使った言葉に、解釈を後付けすること。作詞でよくあります。少し卑怯だけど誰にもバレないし、と思いつつ。
 
 意味のあるものを、意味無さげに書く。
 
 安易に扱えない問題や他人に話しにくい事柄を、無関係な文中に潜ませること。日記でたまにやります。わかってくれる人だけわかって、と期待しつつ。
 
 
 今日の日記は、どっちでしょう。
 
■12月11日 如月越冬隊。
 
 自室に暖房器具はありません。この時期は身が凍える寒さになるものの、ストーブや炬燵と仲が悪いので仕方無いのです。理由はわからないけど、肌を針でチクチク刺される感覚がするので。痛痒くて、パチパチ君みたいな感じ。ガウンを羽織って、靴下を履いて、毛布を被って、冬布団に包まって。僅かな温もりも逃がさないよう、小さくなって過ごしています。
 
 体内から生じる温かさに、好きなだけ包まれる時間。それが、この季節の幸せ。
 
■12月12日 乙一著・失はれる物語。
 
 乙一『失はれる物語』に再録の『Calling You』は、角川スニーカー文庫版から少なからず手直しされていました。全面的に書き直された場面もあり、その違いを見逃すのは読者として損だから、読み比べて全ての修正箇所をリストにしましょう。素で3個も気付けたし、今度は10個は出て来るかな。
 
 
1:わたしだって、本当はみんなのように→
  本当はみんなのように
2:でも、話をしてくれる人がいない→
  しかし話をしてくれる人がいない
3:プリクラを撮ってくれる人もいないのだ→
  プリクラを撮ってくれる人もいない
4:空虚なお世辞にすぎなかったのだと→
  お世辞にすぎなかったのだと
5:聞きたくなかったのに、聞こえてしまった→
  (カット)
6:自分だけ外にいる感じ→
  自分だけ外にいる感じだ
7:電話番号が記憶されているのだろうな→
  電話番号が記憶されているのだろう
8:いつもうらやましくて、涙が出そうになった→
  いつもうらやましくなる
 
 
 最初の段落だけでこんなにもあり、挫折。
 
■12月14日 考え方の相違。
 
 掲示板にしろメールにしろ、返事が無いからと相手に悪感情を抱くのは止めたい。突然忙しくなったり体調が悪かったり、図らずも返せなくなる原因は日常にたくさん潜んでいるから。例え余裕のある生活を過ごしている様子が窺えたとしても、物事には優先順位がありますしね。
 感情が納得しなくても、理屈ではわかっているはずだから。自分に時間を割いてくれない我侭を盾に相手を責めてしまうのは、身勝手でしかない。
 
 相手を悪く言うより先に、一歩譲った気持ちでいられますように。その上で、向こうからの身勝手は受け入れられるようになれたら、更に素敵。
 
■12月16日 年末慣例行事。
 
 年の瀬も迫り。年賀状の準備に取り掛からねばならないと、本棚に目を向けます。コミックの表紙や、小説の挿絵や、CDのジャケットを物色すべく。年賀状は干支を無視した手描きイラストを通しており、オリジナルの絵を描けないお下手さんとしては、最初に題材を決めなければいけません。最重要の条件は、己の画力でも真似可能な絵。
 個人的には「かわいいは、正義!」でお馴染みの『苺ましまろ』が一押しだけど、送られる方が困っちゃいそうなのが察せられるから、『BLACK JACK』が万人向けか。コミック文庫版を全部揃える程にハマったし、年末に特番もあるらしいし、時期的にもぴったり。しかし、残念ながら本作には重大な欠陥が。如月さんは男を描く気は皆無なのです。
 
 1枚1時間は必要な手描きイラスト。年賀状の締切は近付いているのに、こんな調子だと間に合わ…と焦っていましたが、冷静に考えれば一ヶ月弱もある。如月時間で。まだまだ余裕ですね。
 
 
※元旦に後ろ10日の幅を取る如月時間は世間の非常識です。
 
■12月17日 弥生さんは煌さん。
 
 好きな漢字は、煌。きらめくの、煌。
 
 理由は訊かれても困るけど、この漢字を知って一目惚れしたくらいだから、字面が生理的に好みなのでしょう。意味も発音も綺麗だし。我が子が生まれた暁には男の子でも女の子でも、「煌」と書いて「キラ」と命名したい。
 ちなみに、本文を書いている「如月 弥生」さんは、遡ること5年前。いざハンドルを決める時に「如月 煌」も候補だったものの、当時のドリームキャストのブラウザではJIS変換もコピー&ペーストも不可能で「煌」が出力出来なかった、なんて聞くも語るも失笑な逸話があります。
 
 もしも、インターネットデビューの端末がパソコンなら、今頃は「如月 煌」さんがここにいたのかも。
 
■12月18日 ソフトフォーカスの世界。
 
 ソフトフォーカスの世界に日常を溶け込ませられるのは、視力の悪い人の特権。その世界に存在するのは、曖昧な輪郭とぼんやりとした色だけ。尖ったものが丸く滑らかに見え、毒々しい彩りには淡い柔らかさが満ちる。
 おまけに、人々からは表情が消える。己に注ぐと錯覚していた鋭い視線の数々に、哀れな怯えを抱く必要も無くなり、変わってどことなく感じられるのは、無関心に浸れることへの安心と優しさ。信じ難く耐え難く、理不尽に塗れた世の中は、直視するには醜いものだけど。全てを分け隔てなく虚ろにするソフトフォーカスを通してなら、案外穏やかな気持ちのままでいられるかもしれません。
 
 そこは視力が悪い故に、瞳に映る世界。
 
■12月20日 私は神の子。
 
 鬼束ちひろ『月光』がヘッドホンから、繰り返し流れています。ある日突然、聞きたい衝動に駆られて買いに走りました。カラオケでも唄いたいけど、こんな退廃した歌詞の曲では場が盛り下がるのが必至。
 
■12月21日 顔芸への一家言。
 
 顔芸って、笑えない。
 
 例えば、ナインティナイン。数多のお笑い芸人の中でも取り分け面白いと思うし、特に矢部っちはツッコミ担当の如月さんとしては目標だけど。岡村が変な表情をして笑いを求める瞬間だけは、目を背けたくなる程の寒さを感じます。
 日常生活の中で目前の相手に変な顔をされる状況が、1つだけありますよね。そう、睨めっこ。尋常で無い表情を駆使して笑わせようとする相手を、心の底から冷めた目で眺める遊び。それと同じ光景が、テレビを境界にして行われます。
 
 顔芸は睨めっこになって笑うに笑えず、止めて欲しいと言う主張でした。
 
■12月23日 自主規制。
 
 政治や宗教には出来る限り触れない。誰かと話す時も文章を書く時も、注意すべきこと。
 
 何だって立場が違えば、考え方も違います。大好きなアーティストが酷く中傷されることもあれば、どうしても美味しいと思えない食べ物が大好物な人がいたり、十人十色。時として理解し難かったりもしますけど、価値観は多様だと納得するのもさせるのも難しくはありません。
 しかし、政治や宗教は別。この手の話題は得てして、他者への攻撃性を帯びます。そして、攻撃性はより膨れ上がって反射されがち。どんなに優しい言葉でも、どんなに柔らかい表現でも、どんなに自分にとって正しい思想でも。話すことが即、無用の諍いを招く可能性は高いです。
 
 如月さんはカヒミカリィが好きです。これをカヒミ嫌いっ子が読んでも、「音楽性が合わない」としか思わないでしょう。如月さんはマヨネーズが嫌いです。これをマヨ大好きっ子が読んでも、「味覚オンチだ」としか思わないでしょう。だけど、「○○党」や「××教」が主語だと後に続くのが肯定でも否定でも、複雑な心境になる人もいれば、怒りの反論を返す人もいれば、発言主を嫌いになってしまう人もいるでしょう。
 
 仲良くしていられる人たちと擦れ違いたくない思いが、政治や宗教の話題を胸の内に封じ込めます。
 
■12月24日 白状・思い出・お礼。
 
 クリスマス仕様のトップページは、去年のと一緒です。手抜きでゴメンなさい。もっと白状すると、初めて作ったサイトで99年に登場させて以来、延々使い回し続けています。
 今日はクリスマスの素敵な思い出でも…と言いたいけど、淋しいかな語る程の過去がありません。24日から年始には季節のイベントを楽しむ側じゃなくて、楽しませる側にいる方が多かったです。郵便配達でクリスマスカードをポストに入れたり、スーパーの売り場をクリスマスからお正月用の配置に変更してたり。思い出を捏造する隙間もございません。
 
 カードやプレゼントを送って下さった方々に、お心遣いをありがとうございました。ぺこり。
 
■12月25日 気付かせない癖。
 
 気付いていても、言わない癖。
 
 見た目に変化があっても、敢えて指摘はしない。何かあった素振りを見せられても、こちらから尋ねずに切り出してくれるのを待つ。知っている話をされても、初めて聞いたように振る舞う。勘違いされていることがあっても、わざわざ訂正しない。そんな心の内を、気付かせないのも大切。
 
 実際には癖じゃなくて、そうしないといけない状況で、長らく過ごしていたからだけど。
 
■12月27日 お買い物日記。
 
 CDショップに行く。HALCALIの『ストロベリーチップス』が目当て。着メロサイトのCFで、2人の女の子が「ストロベリーチップス トゥナ〜イ♪」と踊るアレです。ラップらしいのが個人的に難点だけど、あのキュートなサビには惹かれる。しかし、品切れ。
 
 お次はロフト。キム・アンダーソン撮影のカレンダーが目当て。昨年分も今年分も年明けに安くなるのを待っている内に消えてしまった為、来年分こそは早めに買っておきたくて。しかし、見当たらず。
 
 新古書店へ。探している本は特に浮かばず、買いたい本も新品で買っており、行っても無意味かと思いきや。中古でもなかなかお目に掛かれなかった、めるへんめーかーの著作が状態良好でずらずらっと。1巻と5巻しか手元に無い『星降る森のリトル魔女』を、全巻揃うように購入。
 
 欲しかったものが買えなかった代わりに、欲しくても買えなかったものが買えた日でした。
 
■12月28日 占いマシーンの鑑定証。
 
 ★★星座占い★★   平成7年 1月22日
 
 昭和54年2月28日生まれ
 西洋占星術による運勢は…
 
 20代〜30代は変化が多く、やけを起こしたくなるくらい苦労や困難に出会いますが、知性を向上させるように努力して下さい。全体的に見て幸福と財産を星座から得ていますので、40代に好運が訪れ、幸福な一生が送れるでしょう。
 
 
 えっと、あと15年は幸せになれない星の下に生まれたみたいですね。勘弁して下さい。
 
■12月29日 M-1グランプリ雑感。
 
 昨夜行われた、漫才日本一決定戦。1組ずつ、ネタの簡単な感想と点数を書きます。
 
 
・千鳥
 順番を考慮しても、ほとんど笑えませんでした。放送時間帯にそぐわないネタを選んでしまうのも悪印象。少しは視聴者の事情も考えて。55点。
 
・麒麟
 掴みの「キリンです(低)」は毎回、マイクから離れるのが早過ぎと言いたい。もっと面白い持ちネタがあるのに、今回は千鳥と五十歩百歩。やり慣れたネタなのに緊張が伝わってくる程でした。62点。
 
・スピードワゴン
 テンションが上がるほど丁寧になるツッコミが好きで期待していたけど、笑いは少なめ。昨年がフロックでないことを祈っています。70点。
 
・笑い飯
 去年の同大会で知って、一気に虜に。笑う準備をして見た加勢もあり、途中から爆笑しちゃいました。向こうの世界に引き込まれると、もう何をされても笑ってしまいますね。88点。
 
・2丁拳銃
 昔は華に乏しいのに、無理にアイドル路線で売られて失敗しました。久々に見た彼らの漫才は、随分と成長していて嬉しかったです。めりはりの利いた流れや、間髪入れない鋭いツッコミがちょっとだけ、かつてのダウンタウン風。80点。
 
・アメリカザリガニ
 あぁ、また…今年こそは本領発揮を信じていたのに。ネタによっては凄く盛り上がるのに、意外と底が浅い。58点。
 
・フットボールアワー
 笑い飯と2丁拳銃が温めた客席をアメリカザリガニが冷やしてしまい、優勝候補でも辛そうと思いきや。ボケの顔やツッコミの勢いに頼らず、ネタの中身で勝負する姿勢が抜群に良し。89点。
 
・りあるキッズ
 彼らには生理的嫌悪感があり見たくなかったけど、感想が書けないのは困るので見ました。そこそこ笑いました。見直しました。食わず嫌いでゴメンなさいでした。77点。
 
・アンタッチャブル
 小刻みなテンポで散りばめられたボケに、見逃しなく的確に入るツッコミ。昨年の笑い飯やスピードワゴンみたいに、良い意味で裏切られました。85点。
 
 
 以下、最終決戦です。
 
 
・笑い飯
 1回目と比べてWボケの歯切れが弱め。脱脂綿の連呼がクライマックスだけど、以前見た時の方がクレッシェンド具合が輝いてました。大舞台で息切れしちゃいましたね。75点。
 
・アンタッチャブル
 1回目と同等以上の仕上がり。ただ、小さなボケをツッコミが膨らます度合いが多過ぎて、くすくす以上ゲラゲラ未満の笑いにしかならない点に欲求不満を感じました。面白かった故に。85点。
 
・フットボールアワー
 面白いと可笑しいは違います。1回目は面白かったけど、2回目は可笑しいだけ。自分の中で辛い程に滑ってましたし、会場ウケもいまいちだったような。しかも、最後の最後でツッコミを噛むとは。72点。
 
 
 優勝はフットボールアワー。大方の予想通りな反面、過去の優勝コンビより勝ちっぷりが鈍いのは否めません。最終決戦はアンタッチャブルが抜け出た印象で、今までの実力と将来性が加味されたのだと思います。2人も自覚ありか、少し悔しそうに見えました。
 
 若手のお笑いにハマっていた頃から結構な年齢を重ねても、今の若手のお笑いにハマれてヨカッタネ。
 
 
 
⇒目次 ⇒2002年 ⇒2004年 ⇒表紙